避けたいことがある。
例えば愚痴やため息、悪口。
今はまだ、そうしたことにつき合っている余裕がないからである。
ただ、思い出話と同様、ときに効用があるのだったが。
爆笑さえ生まれるときがあるのにだ。
【視たぞ、視たぞ、『全身小説家』/今日も少しだけ】
この休みで、「あらためて視てみるか」と思っていた映画がある。
すると、
[日语中字][原一男纪录片]全身小说家/日本旬报1994年十佳电影第一名 全身小説家 (1994)
というタイトルで、ウェブ上にアップされていた。
嘘つきみっちゃんこと、井上光晴氏のドキュメント映画だ。
『全身小説家』である。
以下は予告編だ。
きっかけは、娘の井上荒野氏の、『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)をパラパラとやったことによる。
井上夫妻に瀬戸内寂聴氏が絡んだ、小説だ。
「大変だったろうな」と。
ちなみに、映画を視始めた途端、「いやあ、まだ昭和の臭いが、色濃く残っているな」と感じていた。
臭ってくるのだったが。
それにしても、井上氏は、何を守ろうとして、嘘に嘘を重ねたのだろう。
言葉には、「自分のための言葉と、他人のための言葉とがある」とも言っていたが、自分のために、どのような言葉を用意していたのだろう?
母に捨てられたことが事実なら、その傷から己を守るために、どのような言葉を、自らに伝えていたのかと。
映画を視終わった後、「直接うかがってみたかったな」と。
わたしとしては、珍しい想いだった。
女性には、手当たり次第、言い寄ったようでもある。
寂しがり屋特有の饒舌さとも理解したが、母に捨てられたことと、関係があるのか、どうか。
それにしても、井上夫妻と瀬戸内氏だけではない多角関係は、とりつかれたかのようだ。
そうそう、女性たちが、初恋の人を語るかのように、井上氏についての想いを話すシーンが幾度か出てくる。
おぞましいというか、「この幸せ者め」というか、たいしたものというか、頭がグラグラしていた。
要は、「お盛んだったんだな」と。
いずれにせよ、時代は変わり、文学者がまだ、幻想の対象だったときの挽歌として、映画を目撃することができたのだったが。
そう痛感していた。
言葉が愛に基づくものなら、井上氏は、まさに愛の人だったのだろう。
たとえ嘘まみれであったとしても。
どうか、今日も、ご無事で。
埴谷雄高氏には、振戦があったのだろうか。
松岡正剛氏が指摘していた記憶もあるが、まるで円生師匠、存外、とぼけた饒舌派だったなと^^。
あっはぷふい。
【追記/「白黒なんて…」】
「そうだよな」と。
身心が落ち着いてくる文章だ。
感じて、考えて、想っていたことが記されていたのだった。
今日は生憎の雨模様だ。
自宅で映画でもと。
佳き日々を。