深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

眼球の運動/野の花チャイルド・45

野には花々。
暑くなってきて、いよいよ輝きが増してきた。
見詰める、眺める、あるいはチラリとうかがう。
どのような目の運動にも、存分にこたえてくれるのだった。
立ったり、座ったり、歩いていたりしても。

▲『練馬慕情』(写真)
ときおり訪ねる畑。
安心材料か^^。
人の手が生きていたのである。

www.youtube.com【あちらの国/今日も少しだけ】
 金子光晴氏はかつて、今の中国を見据えていた。
 侮れない、隆盛になるだろうと。
 その通りになった。

 今、想う。
「千年単位で、物ごとを見据えている国だよな」と。

 いい悪い、好き嫌いではなく、損得で動く国なのだとも想う。
 ただし、スケールが違うのだ。

 というのも、人が死んでしまっても、どの薬物がいいのか試してきた国である。
 それも、生きるために。
 損得の基準が、よく分からないところがあるのだった。

 ちなみに、若いころ、毛沢東文革を、支持する連中がいた。
 わたしは、その直情性に距離があったのだろう。
「本当かな」と。

 後年、数え切れない人々が亡くなったと明かされた。
 驚きはしたものの、理解はどうにかできたものだ。

 そういえば、「昔、読んだ記事に、確かあったな」と。
「億ではなく、百人単位ではいい思想だ」と記されてあり、「なるほど」とも体感していたのである。

 モンスターのアメリカ、そうして重層的とは言えなくなっているロシア。
 そうした中、戦争への道のりをギリギリかどうかは分からないが、とにかく踏みとどまっている中国。

 大国など、信用はしていない。
 が、今もなお、千年単位で考えていて欲しいとは思っている。
 ただし、地球上の人々のために。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 眠い。
 実に。
 佳き今日を。