深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

明日は検査/病・14

たまたま気になって、健康診断を受けた。
すると、胃カメラの検査を受ける始末に。
それも明日は2度目の胃カメラである。
悪い病の可能性があるのだろう。
が、それほど驚いてはいないのは、感染しないからか。

▲『愉しみ』(写真)
地べたに座り込んでの熱いコーヒーが、愉しみである。
陽射しを背中に浴びての。
「極楽か」

www.youtube.com▲ラジオで知った方である。
「へえっ」
 カレン・ダルトンを想起していた。


【日本の独裁者?/今日も少しだけ】
 週刊文春で、読売新聞のナベツネ氏のことが書かれてあった。
 特集か。

 まず、天下の読売が、イロモノの文春の取材に応じたこと自体に、「へえ」と。
 ナベツネ批判をしていた人が、出ることも分かっていたはずだ。

 ナベツネ氏は、若いころ、物騒だったはずである。
 懐に何を隠し持っていたことか。

 マスコミの世界には非合法活動から転向した人がトップにのぼりつめた事例が、存外ある。
 彼もその典型なのだろう。
 つまり、思想は簡単に変わっても、基本的なオルグ等々の身体性は変わっていなかったと考えられるのだった。
 そこが、気になってきたことだ。

 今や、左右ではなく、上下の時代と指摘されて久しいが、たえず上にいようとする、左から右への急展開を遂げたナベツネ氏のエリート意識には、もちろん辟易としている。
 ただ、独裁者の件に関しては、ナベツネ氏よりもむしろ、2500人もいるという記者職の連中こそ、気になってきた。

「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を欲する時代こそ、もっと不幸だ」(ブレヒト)との言葉ではないが、まさか独裁者を望む記者が多かったとは思えない。
 となると、記者たちは、何に向かおうとしていたのかと。

 読売という独裁者を生む風土というか、環境とは一体何なのだろうと考えてしまう。
 支持する人がいたからこその独裁者とは、あのチョビ髭野郎と相似形をなしているのではないのかと。

 伊丹十三氏の親父の映画監督だった万作氏は、『戦争責任者の問題』という一文で、「(多くの人は)騙されたというが、騙されたこと自体、責任がある」といったようなことを記している。
 随分と思い切った発言だなと想いつつ、読売という帝国のことを思い出しもした次第なのだったが。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 今夜は、明日の検査に向けて、早めに寝ようと。
 が、すでに明日になる時刻か。
 佳き日々を。