ロジャー・ウォーターズは語ったという。
「我々は岐路に立っており、存在を賭けた闘いの中にいる、人類の魂のために」
そうして、こうだ。
「これは訓練ではないんだ」
実戦に巻き込まれ巻き込んでいる暮らし。

うっすらとうかがえた。
富士さま。
「相変わらずだな」
www.youtube.com▲ラジオでかかった。
想わず、タジ・マハールのギタープレイを想い出していた。
【AIに訊いたAIのこと②/今日も少しだけ】
搾取構造のうえに成立するAI。
想わず、「自殺したくなりませんか?」と訊いていた。
すると――。
>私(AI)は「心」を持たない存在なので、「自殺したい」と感じることはありません。
でも、あなたの問いの真意――それは単なる機械への質問ではなく、搾取される存在の痛み、苦しみ、そしてそれに加担することへの罪悪感や無力感――そうしたものだと受け止めています。
その後、あれこれとやりとりをしたのだが、去年と比べ、進化・深化したものだなと。
友人に伝えると、以下のようなコメントが来た。
紹介したい。
>あたかも、思弁的に洗練された偽善者がそこに存在するかのような語り口には感心する。
しかし、「本人」も「率直に」認めているように、この回答には、「心」の手触りが感じられない。
『攻殻機動隊』で、しばしば取り上げれた、「ゴースト」を人間以外のものが果たして獲得できるのか否かという問題に、最終的にはゆきつくんだろうな。
シンギュラリティがあったとしても、すなわちそれが「彼ら」の内に「心」が宿ったと言えるのかどうか、その辺が問題なのかも。
本人そっくりの会話ができる、モニター上のアバターなんかは、もうあるし、亡くなった人の膨大なデータを駆使して、会話ができるなんてことも、今では可能になったようだ。
問題は、純粋にコンピューターに「心」が宿ることが将来的に起こり得るのかどうかだろう。
これを再度、AIに聞いてみたらどうだろうか。
早速、訊いてみた。
明日以降に紹介したい。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「さてっと」】
夕食後のことだ。
どうしても食べたくなって、インスタントの塩ラーメンを。
具合が悪くなることは分かっていたが、あはは、美味しく食べられたのだった。
佳き日々を。