深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

得難いもの/言葉・314

言葉には意味がある。
叫びや感情を伝えることもできるだろう。
映像を喚起させたり、音自体の面白さもある。
最も新しいメディアよりも基盤となり、得難いものだなと。
言葉という発明・発見に、今日も感嘆を。

▲『休息』(写真)
チャリ徘徊後、座った。
「落ち着くな」
尻が温められたことも誘因だろうか。

www.youtube.com▲たまには。
 やはり、「いいよなあ」と。
 初めて聴いたときと、同じではないが、似た感覚が沸いてきたのかも知れない。


【どうなるかな、明日/今日も少しだけ】
 暮らし。
 そこに押し寄せて来る多くのストレス。
「ひえええっ」ではある。

 今や、個人の責任とする発言も当たり前のように跋扈している。
 一方で、社会の責任とする視点も。

 為政者たちは、そのすり替えを相変わらず、している。
「何のために、政治家等々になったのやら」

 左派・右派ではなく、リベラルとパターナルをキーワードにした現状認識の文章を読んだ。
「なるほどね」と。

 わたしはどう考えたか。
 まずの基本は、個人の問題と社会の問題を明確に区分けすることにあるのだろう。
 重なっている領域も含め。

 そうして、被害をなくしていくことだろうと。
 単純と言えば、単純そのもの。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「あらま」】
 賃労働で、腰を痛めた。
 呼吸ができなかったことを想い出す。
 しかし、肝心なとき、突然、手を離す輩がいるとは。
 佳き日々を。