新年早々、拝み、合掌した。
「家内・外安全」と。
「まったくもってして拝むことだらけじゃあないか」とも。
具体的に挙げればキリがないのだろうが、まずの安全をと。
長くながく続いてきた人災に吐き気が…。

大鷲来襲^^。
高くたかく揚がれ。
糸が切れてもいいじゃあないか。
www.youtube.com▲通勤時、聴いていた。
うむ、いいぞ。
【「もう落とすなよ」と/今日も少しだけ】
アップしようとしていて、しないでいた文章が出てきた。
大切なことなので、あらためて。
友人からのメールだ。
こうである。
>(原子爆弾による)8月9日の第一目標は、小倉だったのだが、雲で視界が悪く、長崎に変更になったらしい。
この日投下されたものは、プルトニウム原爆で、広島のウラン原爆とは違うタイプのものだった。
後に米国政府は、一個目落としても日本が降伏しなかったので、再度、長崎に使ったのだと、言っているが、中二日で急転直下、戦争が終わるとは到底思えない。
二種類の効果測定をしたかったに違いない。
そして、破壊された浦上天主堂の映像は、戦後しばらく、アメリカでは見られなかったと聞く。
キリスト教徒を原爆で殺したことに対する反発を恐れたためらしい。
当時のアイゼンハワーなんかは、もう実質的に日本は負けているので原爆使用の必要はない、という意見だったらしいのだが、莫大な国家予算と人材と時間を費やした一大プロジェクトの結果を示さなければならないという要請もあったのだろう。
さらに、戦後、台頭してくるであろう、ソ連を牽制する狙いもあったはずだ。
しかし、この目論見はマンハッタン計画に参加していた若い研究者が設計図をソ連に持ち込んだために頓挫してしまい、冷戦の時代が始まったわけだ。
それにしても、その後、アメリカ政府は、原爆投下で日本を降伏させたので、100万人の米兵の命を救ったのだというキャンペーンを展開して、つい最近までこれを根拠に原爆投下の正当性を主張する意見が多かったのだが、こうした見解に否定的な若い人たちも増えて来たらしい。
今のところ、人間が居住する都市部への原爆投下は、長崎が最後だが、あの新人議員のように安上がりの兵器だと言ってしまう人も現れる始末だし、危機感がだんだん薄れているのだろう。
わたしは、こう返信していた。
戦争犯罪とも言えるよな。
それにしても、学生のころ読んだ、アメリカの文化植民地主義という文脈。
洗脳装置も緻密だよなと。
そうして、こう続けた。
代々木の恐ろしさはあるにはあるが、鶴見俊輔が言った言葉が忘れられない。
「政権をとるまでは、信じられる」
とらなくても、信じられないのは、党の中に歴然とした階級性があるからだけれど、それにしても、あの党があるとないとでは、一連のスクープの件でも分かる通り、だいぶ違うなと。
今や古典的な左翼思想も必要な事態であるし。
ソ連の核兵器はいいが、アメリカのそれはだめみたいな、とんまな連中もいたが、とほほではあった。
いやあ、戦後80年。
嘘こけと。
朝鮮半島やヴェトナム等々で、潤ってきた日本つうのも、何だかねえ。
良心みたいなあたりで、大企業を辞めたのもいるが、本当はそういう奴こそ残って、何とか踏ん張って欲しいよなと、ふと。
いずれにせよ、戦前・戦中・戦後の三位一体が続いていると体感している。
どうか、今日も、ご無事で。
今も続くあれこれ。
原爆は落としていなくても、「やっていることは同じだわな」と。
【追記/「ううむだわな」】
いやはやな事態が続く世界。
「生きていられるだけで恵まれているのか」
流れ弾に当たらないよう留意していくしかないが、きっと当たるのだろう。
抽象的にも、具体的にも何だが。
佳き日々を。