2015-03-01から1ヶ月間の記事一覧
「やはり」と想う。 友人や仲間、家族などの幸を願ってきたのだと。 が、幸とは何か、明確には分からない、分かりゃしない。 つまりは踏ん張っていくしかないじゃあないか。 倒れるべきは、わたしたちではない。
近所では大掛かりな工事が始まった。 深いふかい穴を掘ったという。 慎重な調査が進んだそうだ。 要は、不発弾があるやなきやと――。 今日も、いや、たった今も、地続きでつながっている恐怖の源を、呑み込む。
机に向かい、A4の紙を取り出す。 文字を記そうと、ボールペンを手にする。 しばし考え、自由と記してみる、もう1度、いや、何度でも。 意味のない行為? そうだな、でも記したい、記さざるを得ないのだった。
追従か、批判か――。 追従の批判か、批判に追従か、複雑な層を垣間見ながら、水たまりに気づく。 雰囲気は大切だろう。 とはいえだ、流されてしまうだけだったとしたら? 痛さが嫌だ、もう、金輪際、嫌なのだ。
喪って気づく。 「愚の骨頂だな、気づかないよりマシだなんて想えない」 わたしの願いは、つづめて言えば、「幸せになって欲しい、例え短期間でも」ということだった。 春風が吹く。 何と爽やかで疎ましいのだ。
自転車に乗って坂道を下る。 すると、真正面からやって来るものが。 花々の匂いが鼻を、胸を、足もとを柔らかく打つように撫でる。 混然一体となった発光体の如き匂いの粒子。 はた迷惑な嘘さえ忘れさせていく。
嘘っぱちか、おべんちゃらか――。 上下関係に依拠した言葉でしかない。 直球でも変化球でもない、相手に届けるためのキャッチボールは何処へ? 肩を作ることができ、汗をかくさえできる会話、いや、対話を想う。
練習を重ねた楽曲の響き。 会場の隅々まで、柔らかく、かつ渦となって届く。 かくして、演奏を終えた生徒たち。 拍手とともに、音楽後の音楽、笑顔がほうぼうで咲く。 隣りの高齢者たちの涙もまた、至福の賜物。
ふいに立ち止まる。 バッグから地図を取り出して確認、グルリをうかがい、考えごとを。 そうして、目を閉じる。 「どうした?」と彼。 彼女は、「花の香りがしたものだから」と伝え、別の道を歩こうと提案する。
いわゆるラーメン道? 「何だかな」と興ざめして、街を歩いていた。 何でもない、ありきたりのタンメンが好物だ。 餃子をつけられる持ち合わせがあれば、今ここの極楽。 興が乗る、つまり生きがいというわけだ。
寿命が短かったころ。 いや、死の隠蔽が今より少なかったころのことだ。 財を成し、堅牢な住居を希望するなど、多くはなかったはずである。 死がむき出しならば当然だろう。 ただもう、今を生きていくのだった。
新しい街へ通うようになった新入社員。 定食屋の店内の様子を、おどおどと窺っていた。 そも、外食慣れしていない様子である。 いくつものことを想像させてくれた青年。 意を決して店内へと入っていくのだった。
お金は大切だ、なくてはいけない。 この社会では、持っていれば概ね解決できることばかり。 「これって寂しかないか?」 「確かに」と頷く。 そうして、「こんな話ができる友こそ大切だ」なる言葉を脳内で呟く。
高圧的に出るか、慇懃無礼に出るか、どちらかだけの連中。 上下を呑み込みニュートラルな姿勢で話せばいいのに。 つまり、社会人でないということ。 会社員になれるわけもなし。 呆れて呆れ果てている目の窪み。
春が来た、山に、街に、路上にも。 尻がソワソワと浮き、胸が自然と開いていく。 ひょっとして腹も座り始めて。 財布にだけは来ない春? 気にするな、今夜だけは花の匂いに誘われ、公園のベンチへ座りに行こう。
素晴らしい唄がある。 悦びや怒り、哀しみや愉しみの。 が、問題は場所だ。 おれたちの場所で聴き、歌うのでなければ唄は死んだようなもの。 スペースのことを言いたいのではない、獲得する営為を言いたいのだ。
唄は、早く作っても、歌っている時間分だけはかかる。 本当? 一瞬にして全体が視えてしまうときがあるのではないか。 瞬間的に人生がフラッシュバックするかの如く。 美味しいものは味わったほうがいいのだが。
うれしくもないのに笑う女優。 「いや、うれしいんだよ、大金が入るから」 春の通勤電車には旅行や転職への誘いの車内吊り。 傍らで立ち上がる言葉にハタと気づく。 そうして憮然として、「ま、関係ないよな」。
周囲の不運・不幸を吸い取っていく人が。 そうして、本人は恬淡としていて、ときに微笑さえ浮かべて。 人生は不条理、無意味が人生。 そうだと分かっていても、屈託は残る。 夜道に灯はなくとも、家路を急ごう。
作るのではない。 やって来るものを、いかにして、つかまえるかだ。 が、その行為は、思い出していくことに似てはいまいか。 心もとなく訪ねるように、思い切って訊ねるように――。 自らに入り込んでいくのだ。
今がどうあろうと、最終的にはいい方向へと変化? 別にいいんじゃねえのか、屈託まみれのままで。 汚泥にまみれ、這いつくばっていくだけさ。 無論、糞味噌一緒には大弱りだが。 今・ここがあるだけで、十二分。
ガキのころ、蛇崩川で遊んだ。 「蛇が移動していくかの如き川の記憶があるな」 訪ねたかったが、今や暗渠に。 「それにしても」と。 「何故、蛇は、ヘビと呼ばれるようになったのだろう、そも、音訓の始原は?」
悲しみの真っ只中にいる人。 言ってはいけない言葉や、してはいけない態度がある。 気を使えば、気を使わせてしまうことも。 戸惑いは当然? 天を睨み、「お願いだ、失礼があるだろうから罵倒してくれ」と呟く。
かつて、少数とはいえ父たちがいた。 情報量が少なかった時代の話だ。 いや、逆、もしくは今と変わらない? いずれにせよ、“教えを養う”力の絶え間なき生成という光景。 かつて、父たちが刻々と産まれていた?
「さっ、始めようか」 そう想ったとき、演歌がかかったとしたら? うたた寝をし始めたとき、応援歌では、「チチチ」か。 今春の半歩にふさわしい音。 花の咲く音が聴こえてくるかのような場所に立つことからだ。
本が何故いいのか、明確に言える人が羨ましい。 そも、「本は暗い玩具」との言も。 本が生まれる前の時代の人々が、黙って静かに読む姿を不気味と思っても当然か。 いや、未来の人も想う? 構わず読んでいるが。
夜には火を囲もう。 そうして、生きていくうえで大切な言葉について、思いを巡らす。 静かでキレイな想いをつかむこともできるといいのだが。 美味しい飲み物で喉も潤そう。 顔を上げていけば、「あっ、月」。
この際、忙しいのはいい。 いや、仕方なしの現状か。 が、どうにもこうにも困るのは忙しそうに見えてしまうこと。 寒いのに暑っ苦しいうえに相手への負担にも。 何より、いい話が転がってこないことが致命的だ。
お前が新譜だ。 初対面の日を忘れてしまうほど、もう長くつき合ってきた。 お前が旧譜だ。 とれたばかりの果実にように、新鮮な。 新旧があるようで、実はないうえに、跳ねる想いも抱かせてくれるのが唄なのだ。
雨を嘆くのは当然だ。 遊びに行けず、洗濯物も乾かない…。 そうした中、働き、大雨の中、帰路を急ぐ人々も。 びしょ濡れ、ずぶ濡れ、靴も水浸し。 ヤケクソなのか新鮮なのか、苦笑なのか微笑なのか不明のまま。