2012-12-01から1ヶ月間の記事一覧
わたしたち家族が暮らしてきた日々は、3月11日の翌日なのだろうか? 大雨に震え、ときに笑いもしてきたが。 脳髄で引き裂かれた身心が叫び続ける。 今朝も朝陽は昇ってくるよ、そもそも日付とは無関係な。 合掌
身体は前を向くようにできている。 それ故、困惑するときも。 背後や脇を走る神経も総動員、前方へ。 疑り深いのではない、分からないのだ。 どうか、前しか見せない、あの甘く白々しい嘘が破裂しませんように。
今日の言葉を考えていた。 すると、どうしても31日にアップしたほうがいいように思えてくる。 今日と明日はないのか? いや、あるのだが、気持ちが大晦日に向かっているのだ。 そうした29日を暮らしていく。
「変革を考えたことがない人を信じない」 そう言い放つ人の高い鼻に滲む脂。 実は変革の放棄を擁護する物言いと気づかぬか。 そも、信じない人の、どこを信じる? 生き方が今も、自己責任に収斂していく時代に。
話し上手は、実は聞き上手というが、本当だろうか? 気づけば還暦前。 気分は浦島太郎、現実でも。 このことを活用できないかと思うあたり、今も寝ぼけている? 話に上手・下手はあるが、どうということもない。
骨身を削り働いても、ダメなときはダメ。 そこで、夢を失うことは悪くはない。 夢見るしかない場所に追い込まれたのではないのだから。 飛び込んだり、飛び降りたりするな。 わずかに冬眠する余力を集めるのだ。
あの人たちが声高に叫んできたヴィジョン。 見えてこない、見えてきやしないのは当然だ。 個体の愛しさを忘却、関係遮断に走っているのだもの。 期待はしていない。 ばかやろう、絶望はするものか、勿体なくて。
生活習慣病が問題――。 ただ、遺伝子の立場や脳を含めた内臓の事情は? 心の持ち方やご近所環境に社会状況、そも、魂の影響はどうなのか。 何より、ありとあらゆる危ない物質が跋扈する中で。 ただ歩いていく。
脳も身体、衰えていく。 ただ、衰弱や疲労、そも、老いとは何なのか? 新しい次元と見栄は張りたくないが、効率だけにとらわれたくもない。 半歩でも踏み締められるうちに、張り倒したいことがあると気づきつつ。
死者になった途端、近しく感じられる人がいるのは何故? 痛みは忘れるに限るが、無理なこと。 ときに壊れる、ただし明瞭に。 せめて事実は覚えておこう。 記録するだけにとどまらない言葉を、定着できるといい。
豊かさではなく、貧しさが分配される時代。 無残な暮らしは、絶望の悪循環に直結を。 茫然自失の状態を見つめられるようになったのなら、息もできるのだが。 人生はもっと解放され、もっともっと自由でいいのだ。
できれば後悔はしたくない。 が、すべて望み通り、生き切った人のほうが稀ではないのか。 後悔してもいいとは断言できないが、実は後悔したくないという桎梏。 屈託が慰安のときもある、後悔を受容していくのだ。
冬の朝、陽射しがあるといい。 携帯ガスストーブで湯を沸かし、濃いコーヒーを入れる。 美味しいだけではない必要とされるもの。 暖かくなり始めたベンチで、ゆっくり飲み、背伸びを。 陽はまだ高くなるだろう。
食堂へ行こう、丁寧に掃除された。 湯豆腐を前に熱燗を。 話題は、朝の霜柱や夜の雨のこと。 女将と親爺の労わり合いは、昼の陽射し。 「熱いの、もう1本」と声が響いてくれば、「あっ、こっちにも」なんてさ。
同じ肌の色をしている。 同じ国家語を使っているし、同じテレビ番組を同じ時間に見ることも。 同じ調理法の食事をとりもする。 が、同じ物質、いや、人間なのか。 気分は亡命、居留守は使えないと了解している。
夜空を眺めに行こうか。 うまくいけば、流れ星が観えるかも。 望んでいることを、知らせてくれるんだ。 他愛のないことを、どれほど希求しているか、教えてくれるよ。 ほら、マフラーは忘れないようにしなきゃ。
夏の日の入道雲の如く遠い、遠過ぎる良心。 一緒に歩こうとしなくてもいい。 互いの無事を確認し合えれば。 完全はあり得ないが、完成・未完成を含めて、どちらでもいいこと。 わたしは触れる、触れていくんだ。
男に愛されるより、女に触れて欲しいと、彼の中の男が言う。 女にもてるより、男に愛されたいと、彼の中の女も言う。 それからだ、男女は関係ないと、彼の中の人が言う。 手は空からの陽射しのほうへ伸びてゆく。
知識は大切だ、大切な知識があるのだ。 例えば知恵には届かないが、生存するための知識。 今はここで、語れないのだけれど。 飛来したり、湧いて来たりする声を受け止め、記していく。 今日の、この言葉の如く。
私的暮らしがどんどん公的になっていく。 実は剥き出しにされている。 情報の柄を見極めようとしていたとき、想いは古の自己陶冶へと跳ぶ。 そうだ、あられもなく、固有の至福を知ること自体が至福。 忘れまい。
悔いなき人生の、どの程度が消費活動なのか。 買い物時の、瞬間の贔屓。 欲は拡大するが、お金はやむなく欲しいといった程度でいいときも。 自由も拡大を欲するが、たぶらかさない、だまさないことだと声がする。
食べることに必死、無我夢中で生きてきた。 気づけばスッカラカン、素寒貧の文無し。 押しのけるようなことはできなかった。 今や途方に暮れるしかないものの、見捨てない者もいる。 素早く席を立った彼自身だ。
足もとがいつも揺れているかのよう。 見当がつかぬまま、壁をつたう日々。 道路は無情、グルリは泡立つ。 やさしさの励行は教えられない。 太陽が沈み、暗い宇宙を見せてくれる夜は、何を伝えたがっているのか。
税金は天井知らずで上げていきたい。 原発は残す、いや、ジャンジャン造る。 軍隊は断固必要。 大切なのは経済ケイザイ、美しき夕陽を眺められる田畑はいらん。 そのくせ、アメリカではないニッポン国、万々歳!
予定調和の和声は、必ずしも望んでいない。 日々の旋律に、ゆっくりと耳を澄ませていく。 つかむのだ、内臓の律動で。 音色や声質にこそ、浸かっていよう。 固有の歩行が唄を生み出す朝も、訪れるかもしれない。
労働で住宅街へ出向けば、洗濯物が大量に干されていた。 うっとりできたのは晴天を体感できたから。 そのとき、光を観る地、観光地にいたのだ。 寒い中にも暖あり、暖の中には思いあり。 まばゆさを浴びてゆく。
信じられなくても信じるしかないとき。 見学会に参加するスタイルでは覚束ない。 結局、信じ切るしかないときがあるのだ。 恥も外聞もなく、まずは寄る辺なき今を認め。 一切の誤謬もなく、死がやって来る前に。
乗り心地よさそうな自動車が快適に走っていく。 運転手が笑みを浮かべれば、乗客もまた微笑み返す。 青空に風、心に響く風景も、あしらわれて。 冬の入口、いつも渋滞中の道路でふと、どこの国の話なのだろうと。
世界中の人々を、瞬時に眺められるとしたら? 泣いてしまうのだろうか。 笑顔になることができる暮らしも視界に入るといいのだが。 それでも、釘付けになったとしたら? 笑顔への契機と強く思い切ることにする。
一途・一徹も、半歩間違えれば中毒に。 信念を曲げぬことと、裏切らないということとは違う。 良くも悪しくも、信頼を得ることに勝る人心掌握術なしか。 勇ましさは、もういらない。 むしろ、卑小さこそを貴ぶ。