2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧
別れは、目の前に迫ってきていた。 自恃など、もはや用なしである。 歩きに歩き、それでも歩いてきた。 「さようなら」を言われる前の、さようならを想いながら。 結論が出ないまま、別れることもあるのだろう。
何回も聴けば、あきてしまう唄がある。 が、惚れ直すときも。 数回も聴かない唄があれば、思考を閉ざしたり、跳ねさせたりする唄もある。 人はいつ、なぜ、歌い出したのだろう? 始原を想像しつつ、口笛を吹く。
前進する、ただし静謐に。 「怠惰への挑戦・怠惰な挑戦より、挑戦的怠惰のほうがいいわよ」と。 長い髪を切った。 「冬にサッパリすると、気持ちいいもの」 公園で熱いコーヒーを入れ、飲み始めたときの言葉だ。
山道を歩いていた、「若いときとは違うな」と。 かつては疲れても歩いていた、うとましくなく。 今は、どうか。 疲れると、うとましくなってしまう。 が、あと少し、もう1歩と、歩を進めることに変わりはない。
寒村を歩いていた。 そこかしこにうかがえた工夫。 すれ違う人は当たり前のように挨拶をしてきていた。 工夫するしかない暮らしに想いはのびていく。 実は、未来へとつながっていく豊かさがあきらかだったのだ。
山道で迷った折、来た道へ戻った。 が、天候は変化、下っただけ風景も変わり、はてさてと。 戸惑いつつ、空を見上げる。 陽射しがうかがえ、「あっ、道が読めた」と。 進むべき方角があきらかになったのだった。
何台もの自動車を乗り潰しても、辿り着けない場所。 バスや列車、いわんやロケットでも。 春のことだ、野の花が人知れず咲いた。 訪ねる場所は身近にあるのでも、遠くにあるのでもない。 気づく場所にあるのだ。
まずは言い合おうじゃあないか、見当違いが渦巻いたとしても。 考え違いしても、正していけばいい。 正していくしかないのだから。 ねえ、どうかな? 貨幣制度を今すぐにでも廃したいほど、命が滲んで来ている。
病と死が待つ人の生、人生。 生物は刻々と死に、生き返っているのであるが。 言葉にならない想いを抱え、ついに胸の奥からしぼり出す。 「生きている間中、生きていこう」 もう生きている、まだ生きていくのだ。
家族を、恋人を、友人を偶然見つけたとき。 つい走り出してしまう。 そのときすでに、想いは全身を疾駆している。 発見の愉快に貫かれながら。 そうして、再会した折、新しい出逢いもまた、走り始めているのだ。
強風で、湯煙が急激に走ってくる。 思わず露天風呂へと急ぐ。 雪が舞い、木々は揺れて騒ぎ、雲はどんどんと流れていく。 ついと笑みがこぼれてきていた。 寒い中、熱い湯に、まだまだ浸かっていられたのだから。
1日のどこかで寛ぎたい。 暮らしを存分に堪能したいのである。 どうすればいい? 追われながら、1つひとつのことに対して、しっかり対応していくしかない。 結果、ひと息入れられれば、よしではないのか――。
死ぬときは、皆、同じ? そんなことがあるものか。 士農工商の如き、死の階級性――。 見えやすい簡潔・簡素な暮らしへと、直接的につながっていく開かれた思考を希求してきた。 まずは、一緒に食卓を囲もうか。
老いて早起きになった。 身体的な事情もあるだろう。 が、残された時間を無意識で体感していることもまた、誘因? 分かっているのだ、1日いちにちを味わっていきたいと。 今朝も朝陽のありがたさは格別である。
その笑みは、現れては消える雲ではなく、消えては現れる陽射し。 媚が嫌いだ、苦手だ。 「女そのものの外で呼吸したい」と呟く。 小さくて足は遅く、身心が弱くて想いは低い場所へ。 元気が湧く場所を造成中だ。
彼はナイーブではない。 が、ていねいに反応する。 自らが公然としているからなのだろう。 「だって、嘘の上塗りはしたくないし、そもそも嘘が思いつかないだけなんだよ」 隠し立てのない暮らしぶりの快晴ぶり。
「単に企画でしかないのでは?」と憤る。 望まれているのは、その先の世界のはず。 実り、リアルになっていく暮らしが基本なのだ。 傷つく人は必ずいる、いい悪いではなく。 せめて、今ここの暮らしに、人をと。
まだ暗いうちに目覚めて、起き出す。 荒廃、犠牲、寂寥という言葉と出逢う。 まずは洗顔・歯磨き、そうして用足しをする。 親切や優美、勇気との言葉が、ふいに飛来して来た。 今朝、室内灯を消すのは誰だろう。
売れない・売れる――。 とても大切なことだ。 売れなければ食卓が成立しない。 しかし、売れるだけでは食卓に向かう心が成就しない。 その上、そうしたことを一切考えないで済む働き方もまた、必要なのである。
気分はもう長く日本で暮らす亡命者。 実際は、単に重く呑気で軽薄な都市生活者なのだが。 労働者はせこいものだが、せこい労働者にもなっていく。 「ままよ」 いっそ、夕陽を背負って、旅支度といきたいのだが。
夜の森にいた。 思っていた、「潜在化した大切なことを顕在化させていく」と。 出来るかどうかは分からない。 したいか、すべきかも、今は不明である。 が、月の輝きの下、せざるを得ないだろうとは視えていた。
花の美しさ――。 いつから感じられるようになったのだろう。 手に取らなくていい、舐めることもしない。 そばに咲いているだけでいいのだ。 静かな夕暮れ、原っぱへ出向けば、花の咲く音も視えて来るのだろう。
関係は作りたくない、ものごとをしっかり伝えるために。 関係は深めたい、黙っていてもいいように。 霜柱を踏みしめたときのように、快の相槌を打つ。 氷が張ったときのように、気持ちを引き締めて。 暖の冬へ。
冬、顔を上げる。 そうして、夜空を見詰めていく。 宇宙が、ご近所になったかのような気分に。 愉しいような、怖いような、何よりスカッとするかのような。 「人を喰え、取り込むのだ」という声はもう、遠くに。
さらわれたくはない。 しがみつきたいし、すがりつきたい。 せめたくないし、そっくり返りたくもない。 ささっと済ませて、しんみりと、すり替えはせず、せんそう反対と表明し続ける。 そばにいながらにしてだ。
受け入れるしかないこともある。 何故か? 取り返しがつかない上に、後戻りはできないからだ。 が、強いられた受容であることに変わりない。 身動きできず、新鮮で物騒な果実を頬ぼることだけはできる事態――。
苛立ち、うんざりする。 それでも、出逢いたかったのだ。 今は、互いが背中を見せ合っているけれど。 が、やはり出逢うことができて、よかったのだ。 あたりは長く、暗いままなのだが、眼はすっかり慣れ始めた?
気にすることはない。 意味なき高い塔が、単に瓦解していくだけだから。 逃げられる者はいるだろう、一方で死ぬ者もまた。 が、行こうとさえ感じなかったはずではないか。 関わりのない看板は素通りしていこう。
古人より今の人のほうが美しいとは限らない。 違うかな。 つながったり、孤立したりして、息苦しいことが生きていることだとでも? 身を労わる術を訪ねていく。 何も見せるために暮らしているわけではないのだ。
子どもが勢いよく走ってくる。 どうやら、家族を偶然、見つけたようだ。 まだ息は乱れていない。 一気に傍らを通り抜けて、駆け抜けていく。 その先に佇んでいたのは、吠える老犬と、まだ気づいてはいない祖母。