深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

嫌な音が上空の奥に立ってゐた/戦争・67

戦争できる国へ?
いや、違うな。
戦争させられる国へとなっていくのだろう。
気分はもうレジスタンス?
陽だまりの公園で、熱いコーヒーを入れ、ゆっくりと飲む。
爪を切りながら、上空を眺めれば軍用機の音?

▲『春を待つ』(写真)
少しずつ春の気配が。
三寒四温。
確かに。
もう冬からはオサラバしたいのだったが。

www.youtube.com▲最近知った唄。
 毎日が、3月11日の人災領域に突入しないといいのだが。

【緻密、かつ大胆なスパイ大作戦だってばさ/今日も少しだけ】
 相変わらず、友人とラインでやり取りを。
 随分前、彼は書いてきていた。

>原爆についての事柄を再確認するために、ググッてみると、AIの説明は微妙にアメリカ政府の公式見解よりになっているような印象を受ける。
 少なくとも、原爆を非戦闘員が多く住む地域に意図的に炸裂させた、いわゆるゆうところの人道に対する罪を問う、という表現はなかったようだ。
 もうひとつ思い出した。
 パールハーバーへの攻撃を。
 実は、アメリカ側は知っていたが、日本への開戦とついでに欧州戦線への参加の大義名分を得るためにわざと動かなかった説、という陰謀論的な話がある。
 当時のアメリカの世論も、第一次世界大戦でこりたばっかりだし、今と同じようにアメリカファーストで孤立主義だったので、この空気を一気に転換させる劇的なインパクトをリメンバー・パールハーバーというキャッチコピーは人々に与え、奮い立たせたのだろう。
 その流れで、ある時期まで、原爆の話題になると、被害者ぶってんじゃねえぞ、最初に騙し討ちで攻撃して来たのは日本じゃねぇか、だから当然の報いなのだ、というたぐいの言説があった。
 上記のようなことが既視感的に感じられるNHKのドキュメンタリーが先日あった。
 たしか、今年に入ってからの取材だと思ったが、イスラエル市民数人に、ガザ地区の映像を見せた後に、感想を尋ねると、男女を問わず多かったのは、最初に攻撃を仕掛けてきたのはハマスなんだから、当然の報いだ、みたいな調子だった。
 このハマスの奇襲攻撃を、世界有数の情報収集能力を持つと言われている、あのモサドが本当に探知してなかったのだろうか、疑問の余地は残る。
 素人考えの陰謀論的発想からすると、上記の2件の構図は、なんとなく似ているように見えるのだが。

 わたしは、「だよね」と首肯した。
 友人は、こうも書いてきていたものだ。

>NHKでやっていた、『映像の世紀特別編・ヨーロッパ2077日の地獄』の第3回を観た。
 1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦の映像は、まるで『プライベートライアン』みたいだった。
 ツウカ、こっちがリアルガチで本物だし。
 前に、違うドキュメンタリー番組で、イギリス軍が上陸地点を別の場所に設定しているという偽の情報をドイツに゙信じ込ませる極秘作戦というのがあった。
 たまたま入手した水死体の人物を重大任務を帯びながら、乗船していた艦艇が沈めれて、海に漂っているテイに偽装した、というなかなか手の込んた、作戦だった。
 このドザエモンのポケットには、完璧に作った身分証明書の他に、ウソの上陸地点がさも、秘密文書らしく整えられていた。
 加えて、無線交信においても、偽情報のやりとりをさりげなくしていたようだ。
 この死体を手に入れたドイツ軍は、わりと信じてしまい、主力をそっちに回したらしい。
 そのせいもあって、多大な犠牲を払いつつも、Dデイの作戦は成功したようだ。
 それにしても、こうした緻密で、かつ大胆なスパイ大作戦はイギリスの諜報機関のお家芸だったのだろう。
 事実はスパイ小説より奇なり、ってやつだな。

 わたしは、ただただ、「すげえなあ」と。
 今やもっと緻密で、大胆な動きになっていると体感だけはしている。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「何だかなあ」】
 随分とご無沙汰していた本ブログ。
 さすがに、腹にたまっているものが破裂している。

 随分と長く読んできた評論家が、首相をヨイショしている文章を今日、読んだ。
「いやあ、ひでえもんだな」
 リベラル批判のためとはいえ、呆れた。
 佳き日々を。

安全へ/祈る・7

新年早々、拝み、合掌した。
「家内・外安全」と。
「まったくもってして拝むことだらけじゃあないか」とも。
具体的に挙げればキリがないのだろうが、まずの安全をと。
長くながく続いてきた人災に吐き気が…。

▲『凧よ、揚がれ』(写真)
大鷲来襲^^。
高くたかく揚がれ。
糸が切れてもいいじゃあないか。

www.youtube.com▲通勤時、聴いていた。
 うむ、いいぞ。


【「もう落とすなよ」と/今日も少しだけ】
 アップしようとしていて、しないでいた文章が出てきた。
 大切なことなので、あらためて。

 友人からのメールだ。
 こうである。

>(原子爆弾による)8月9日の第一目標は、小倉だったのだが、雲で視界が悪く、長崎に変更になったらしい。
 この日投下されたものは、プルトニウム原爆で、広島のウラン原爆とは違うタイプのものだった。
 後に米国政府は、一個目落としても日本が降伏しなかったので、再度、長崎に使ったのだと、言っているが、中二日で急転直下、戦争が終わるとは到底思えない。
 二種類の効果測定をしたかったに違いない。
 そして、破壊された浦上天主堂の映像は、戦後しばらく、アメリカでは見られなかったと聞く。
 キリスト教徒を原爆で殺したことに対する反発を恐れたためらしい。
 当時のアイゼンハワーなんかは、もう実質的に日本は負けているので原爆使用の必要はない、という意見だったらしいのだが、莫大な国家予算と人材と時間を費やした一大プロジェクトの結果を示さなければならないという要請もあったのだろう。
 さらに、戦後、台頭してくるであろう、ソ連を牽制する狙いもあったはずだ。
 しかし、この目論見はマンハッタン計画に参加していた若い研究者が設計図をソ連に持ち込んだために頓挫してしまい、冷戦の時代が始まったわけだ。
 それにしても、その後、アメリカ政府は、原爆投下で日本を降伏させたので、100万人の米兵の命を救ったのだというキャンペーンを展開して、つい最近までこれを根拠に原爆投下の正当性を主張する意見が多かったのだが、こうした見解に否定的な若い人たちも増えて来たらしい。
 今のところ、人間が居住する都市部への原爆投下は、長崎が最後だが、あの新人議員のように安上がりの兵器だと言ってしまう人も現れる始末だし、危機感がだんだん薄れているのだろう。

 わたしは、こう返信していた。

 戦争犯罪とも言えるよな。
 それにしても、学生のころ読んだ、アメリカの文化植民地主義という文脈。
 洗脳装置も緻密だよなと。

 そうして、こう続けた。

 代々木の恐ろしさはあるにはあるが、鶴見俊輔が言った言葉が忘れられない。
「政権をとるまでは、信じられる」
 とらなくても、信じられないのは、党の中に歴然とした階級性があるからだけれど、それにしても、あの党があるとないとでは、一連のスクープの件でも分かる通り、だいぶ違うなと。
 今や古典的な左翼思想も必要な事態であるし。
 ソ連核兵器はいいが、アメリカのそれはだめみたいな、とんまな連中もいたが、とほほではあった。
 いやあ、戦後80年。
 嘘こけと。
 朝鮮半島やヴェトナム等々で、潤ってきた日本つうのも、何だかねえ。
 良心みたいなあたりで、大企業を辞めたのもいるが、本当はそういう奴こそ残って、何とか踏ん張って欲しいよなと、ふと。
 いずれにせよ、戦前・戦中・戦後の三位一体が続いていると体感している。

 どうか、今日も、ご無事で。

 今も続くあれこれ。
 原爆は落としていなくても、「やっていることは同じだわな」と。


【追記/「ううむだわな」】
 いやはやな事態が続く世界。
「生きていられるだけで恵まれているのか」
 流れ弾に当たらないよう留意していくしかないが、きっと当たるのだろう。
 抽象的にも、具体的にも何だが。
 佳き日々を。

足音/歩く・73

足音で分かることがある。
例えば誰が歩いているのか、歩いて来るのか、歩いて行くのかが。
足音という身心の現れ。
鏡で顔を見るように自分の足音が分かる道具があればいいのに。
軍靴と遠いものであるといい。

▲『相変わらずだな』(写真)
富士様。
相変わらず、でかい。
雪まみれだ、寒いわけだ。

www.youtube.com▲去年、図書館で新譜の音盤を借りてきて、グッときた唄。
 朝の連続ドラマですっかり有名に?
 ときおり聴き返す唄がいくつかある2人組なのだった。

【壊れるときは壊れる/今日も少しだけ】
 昨夏、冷蔵庫が壊れた。
「ひえええっ」
 食材も心配だったが、冷たい麦茶を飲めないことが堪えた。

 その後、掃除機やらパソコン、テレビのリモコンも。
 最近では、電子レンジが用をなさなくなった。
「壊れるときは続くものだな」

 そうした中、胃がんの疑いがあり、胃カメラを4回飲んでいた。
 医師曰く、「ここでこんなに数多く検査した人はいたかなあ…」。

 結果は、セーフ。
胃カメラを飲むと、胃がんがなくなる」といったようなことを言われた。
「部位をつまみ、なくなってしまう」と言われたような記憶もあるのだが、不確かだ。
 実際は結果にひと安心し、詳細を問うことを忘れたことだけは、覚えている。

 現状では、今年の秋の健診まで飲まなくてもよいことになってはいるのだった。
 麻酔をするので、胃カメラの検査はかつてと違いラクで、4回も飲めた次第。

 ともあれ、電化製品に続き、自分の身体が壊れなかっただけでも、幸運だったか。
 いつ、がんや認知症等になってもおかしくない齢を迎えているのだから。

 胃がんは比較的治癒する確率が高いと言うものの、あまりいい感じはしないのは、当然か。
 何が当然か、根源的には考えず、今日に至ってはいる。

 どうか、今日もご無事で。


【追記/「ふざけた話ばかりだなあ】
 戦争が続いている。
 殺戮も。
 石油等の利権絡みのあれこれ。
「ったく」

 佳き日々を。

銭湯へ/水百景・23

お正月。
銭湯の朝風呂へ出向く。
550円なのだが、「たまの贅沢だ」と^^。
細かい工夫もされていて、「へえっ」。
帰路の寒風さえ、気持ちよい。
原っぱに出向き、凧を眺めつつ、熱いコーヒーを入れて、飲んだ。

▲近隣で初詣。
 神社と寺が4か所、同じ通りにあるので、新年の挨拶を。
 お参りしたい神社もあるのだが、足を延ばすことになる。
かつ長蛇の列が分かっているので、今日はご遠慮させていただく。
それにしても、神仏習合とは、なかなかだ。

www.youtube.com▲「へえ、この唄を」
 最近知った歌い手だ。


【今年もいつもの想いに/今日も少しだけ】
 随分と久しぶりにブログを更新する。
 高齢者であるにも関わらず賃労働に追われていたからだ。
 LINEでの友人たちとのやりとりのほうが面白かったことも誘因か。

 メモだけは取っていたのだが、どうにもアップできなかった。
 いや、する気がなかった?

 この間、世界はますます暗澹たる状況になっている。
 世界と言わず、この領土がとんでもないことになってしまった。

 それでも、謹賀新年だ。
 それだからこそ?

 さて、今年もやはり想い出した句がある。
 こうだ。

 のどかなり 願いなき身の 初詣

 小倉遊亀氏105歳のときの句だ。
 過酷・陰惨・壮絶な事態を思うにつけ、今年もまたしても、どうしても想い出してしまったのだった。

 近所では、家族で初詣に出向く人々と、やはり多く出逢った。
 願いがないといい?

 祈りという実は残酷であり、そのくせ安寧でもある場所。
 つくづく、のどかさを祈り、願っているのだった。

 どうか、今年も、ご無事で。


【追記/「そうだよなあ」】
 友人が書いてきた。
 こうだ。

>正月は
 冥土の旅の一里塚
 めでたくもあり
 めでたくもなし
 と、一休さんは詠んだらしいが、たしかに、生かされてある命をみんなで再確認する機会でもあるのかも知れない。
 むかしは、数え歳で、いっせいにひとつ歳をとったので、より一層そんな感じがしたんだろう。

「なるほどな」と。
 今年は身体事情に合わせて、アップしていくかとも。
 佳き日々を。

いずれにせよ愚/戦争・66

原爆には断固反対である。
戦争犯罪と想ってきた。
が、もし落ちていなかったとしたら、どうなっていた?
軍部等の根拠なき猪突猛進が一段と先鋭化し、これまた恐ろしい事態に?
いずれにせよ、怖いことである。

▲『ご苦労さま』(写真)
猛暑の中、小さな画面を見ながらの歩行。
たいしたものだ?
いやあ、恐ろしくも、すんげえことである。

www.youtube.com▲この唄が収録された音盤を昔、よく聴いた。
 菊池君が購入、借りたのだろうか?
 久しぶりに想い出し、図書館で借りて、聴いていた。


【たまらないな/今日も少しだけ】
 友人からのメールを紹介したい。
 こうだ。

>毛さんは、核攻撃を受けて億単位の犠牲があったとしても、まだ何億人かは生き残れるので、反撃は可能だと、言っていたような気がする。
 なにしろ、逃げるは恥だが役に立つ、デカい国で、捲土重来の伝統があるものな。
 旧日本軍は、その手にハマって、ズルズルと戦線を伸ばすことになってしまったのだろう。
 スターリンソ連も、ヒトラーのドイツ軍に対して、結果的に同じように対応したということかも。
 これが日本だと、逃げてもその先は海だし、だから一億玉砕なんてことになってしまうのだろう。
 今のロシアのプーちんも、涼しい顔して兵士を前線に送り出していたものの、昔と違って、情報が伝わりやすいので、テキトーに囚人や外国人を混ぜたりしている。
 まぁ、洋の東西、古今を問わず、ときの為政者は人的被害に対して鈍感なのだろうけど。
 そして、相対的に小さい国の要路の人は、他国に亡命しちゃうし。

 この記事も紹介してきていた。

news.yahoo.co.jp さらにメールは続く。
>現在、進行しつつある件。
 プーさん似の人は、ことあるごとに、偉大な漢民族ということを言挙げしているようだけど、過去に何度か異民族支配に甘んじたことがトラウマのようになっているのかも知れない。
 豊臣秀吉も実はその線を狙っていたのだが、甘く見ていた朝鮮に行く手を阻まれ挫折したという説もあるらしい。
 旧日本軍も、もしかして、そんなことを目論んでいたのかも知れない。
 そして、戦前は欧米列強プラス大日本帝国の半植民地状態だった訳だし、だから外国からの干渉は断固としてはねのける姿勢を堅持しているのだろう。

 この記事も紹介してきたが、友人が言うように、「たしかに、そんな感じ」か。

news.yahoo.co.jp モーリー氏は、何かで読んで、うなったことがある。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
「えっ?」と驚いた動画。
 議員になっていたのは知っていたのだが。

www.youtube.com  佳き日々を。

ホスピタリティだって?/当世労働者覚書・196

仕事上、ホスピタリティが大切という。
単純に、「そうだよな」と。
が、本当のところ、どうなのか?
事実、商売とホスピタリティーは相容れない領域があるのだ。
深い入りせず、単純に行きたいと痛感中である。

※ちなみに、ホスピタリティとは、何か?
 AIはこう応えてきた。

ラテン語の「客人を保護する」が語源で、相手を心から思いやる「おもてなし」の精神や、それに基づく親切な態度を指します。
 単なるサービスとは異なり、相手のニーズを先読みし、期待以上の快適な体験や感動を提供することに重点が置かれ、顧客だけでなく、従業員や地域社会との相互満足や信頼関係の構築も含まれます。

 商売で最上級のホスピタリティーが成功すれば、逆に不信の温床になるのではと。
 商売では出し抜くこともまた、大切だからである。

▲『木陰へ』(写真)
とりあえず木陰へ。
そうした時季が続く。
「今年もすんげえよなあ」

www.youtube.com▲今頃?
 あはは、いいなと、あらためて。


【結構毛だらけ/今日も少しだけ】
 友人からのメール。
 記事を紹介してきた。
 これだ。

news.yahoo.co.jp「なるほどな」と。
 当たり前のことだが、そう単純ではないのである。

 彼は言う。
>逆に言うと、中国の14億人に飯を食わせるのが容易でないのは、想像に難くない。
 中国における共産党一党支配について、どう思うかと問われた司馬遼太郎が、これだけ膨大な人口を抱えた国を統治するやり方としては、ことの善し悪しは別にして、他の政治体制を選択する余地はあまりないのでないんじゃないかな、みたいなことを言っていた。
 確かにそういう側面もある気がする。
 自由で民主的な社会は、目指すべき理想であるのだが、他国からの介入とかもあったりして、大混乱に陥る可能性もあり、最悪の場合、内戦も起こり得るだろう。
 そんなことを踏まえて、司馬遼は上記のようなの発言をしたんだろうと思う。

 わたしは、こう返信した。

 昔、読んだ本に、中国の毛の独裁制をどう考えるかというのがあって、致し方なし、あれだけの人口を抱えているんだからとの意見があり、上記の文章を読み、今でも覚えている意見だったなと。
 億の数の人が死んだとも言われる文革だが、ううむと。
 毛主義者は、どう総括し切ったのかなとも。

 友人はこう返信してきた。

>毛さんは、もう耄碌されてしまったのだろうし、それに権力闘争の過程で政敵を排除することによってサバイブして来たおのれの原点に立ち返っただけなのかも知れない。
 フランスにおいてもロベスピエールなんていう人が紅衛兵的に大活躍しちゃう訳だし。
 その後のナポレオンの登場は、もしかしたら、毛さんも意外と意識していたのかも知れない。
 もちろん、あの広場の出来事やチベットでの虐殺やウイグル人に対する弾圧等の強権的な振る舞いは、決して許されない犯罪的な行為であることは言うまでもない。
 クマのプーさん似のあの人は、毛さんみたいになりたいみたいだし、ますます困った方向に行ってしまいそうな危険性はあるのかも知れない。
 しかしながら、この体制をイッキに変えようとすると、その反動も(今のかの国の世界における重要度も考えると)地球規模の大津波として波及すると考えられる。
 だからどうしたと言われそうだが、今、世界では、詐欺師のトランプはいるし、ならず者のプーチンは頑張っているし、そこらじゅうでいわゆる極右が蔓延る日々が日常になりつつあるのは、避けられない現実なのかも。
 でも、歴史を振り返れば、絶望的な出来事に人々は何度も遭遇しても、それにもかかわらず立ち直って、今があるわけで、その再生力に希望を託すしかないのかも知れないと思う今日この頃だな。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 ちなみに、以下の内容も記されていた。
>今朝のラジオで、斉藤哲夫の『吉祥寺』をやっていた。
 イルカが出演する『路線バス旅』では、高円寺・中野・吉祥寺あたりをやるらしい。

 生憎、賃労働で、見られなかったのだが。
 ウェブで探してみるかと。

 佳き日々を。

今だけでいい?/令和問わず語り・159

高齢者の状態が、よくなることはない。
いや、悪くなるだけだろう。
仮に病で治ったのだとしても、死は近づいているのだった。
将来はどうなるかは知らないが。
だからだ、今日だけ、今だけでも晴々といこうと。

 

※「今だけ、金だけ、自分だけ」の時代?
 昔からだし、明日もそうなのだろう。
 タメがなければ、致し方なし。
 刹那主義。
 悪くもあり、実は良くもありなのだと想ってきた。

▲『どこで?』(写真)
どこで撮ったのだろう。
記憶にない。
印象に残る風景だったのだろう。
が、写真を見て、「どうということはないな」と。
が、確かに印象深かったのだろう。

www.youtube.comツイッターでも、情況を切開している方が作った唄。
 しばし聴いていた。


【言葉を殺した連中と/今日も少しだけ】
 友人が記事を送ってきた。

news.yahoo.co.jp

 映画版は随分前に見ていて、愉しめた記憶がある。
 ちなみに、ここ何年もの首相らの重い罪に、言葉を殺した点がある。
 無論、反社やデマばかりの政党も含め。
 そうした現状で、なかなかになかなかの内容だ。
 辞書作りの奮闘に一票。

 原作者のインタビューをどっかで読んだが、AIで職を失っても構わない、職を変えるみたいな発言をしていて、「おもしれえよな」と。

 用例採取?
 あれ、国語教育で取り入れればいいのに。
 つか、大人たちにか。

 友人は、こうコメントしてきた。
>ヨーレイヒーッ! なんてね。
核兵器】用例︰ーは、もっとも安上がりな兵器だ(ある国会議員の発言)
舟を編む』の映画版も、もちろん良かったが、今回のTV版は、彼女を主人公にすることによって、より舟を編む感じが拡がったように思う。
 ネタバレをひとつ言うと、今回のバージョンでは、松本先生は亡くならないので、よりハッピーな終わり方になっていたように思った。

 ちなみに、わたしは以下の記事を送付していた。
   伊東四郎氏健在也が嬉しかったのである。

www.joqr.co.jp すると、以下の返信があった。
 こうだ。

文化放送は、数年前まで営業車でよく聴いていた。
 大竹まことの番組の日替わりのレギュラーコメンテーターとして、月曜は、青木理だし、金曜は、武田砂鉄だったと思う。
 さらに、たしか金曜の夕方に、アーサー・ビナードの番組があった。
 文化放送は、かつてはフジサンケイグループの一員として、ニッポン放送と共にフジテレビの設立に関わっていたのだが、ある時期から当該グループと微妙な距離をとるようになり、今では、どちらかというと、いわゆるリベラルな立ち位置に変化していると、理解している。
 ラジオならではのマンツーマンの口コミ的な良さがあるように思う。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 冷やしうどんに、ご飯という夕食。
「あぢ~っ」と。

 佳き日々を。

相変わらずの/令和問わず語り・158

ヒューマニズムに訴え、使命感を植え付け、生きがいへ転化。
生きがい搾取と言われて致し方なし。
基準や夢、理想ばかりではやってはいけない。
では、どうする?
成り行きでどこまでバランスを取れるかだべさ。

▲『夏』(写真)
土は語る。
季節を。
身近な声。

www.youtube.com▲気になる文筆家が推していた。
「ふうん」と。


【観て聴いて読んだ/今日も少しだけ】
 ピーター・バラカン氏のテレビでの音楽番組を見た。
 紹介されていたディランの『時代は変わる』は、やはりと。
『奇妙な果実』等々も、なるほどと。
 もっと続けて欲しいが、今のままのテンションでは、「どこまで続くのかなあ」と。
 いや、氏ならではの掘り下げ方をしていくのだろう。

 友人は、こう記してきた。

>グーグルのAIによる概要をまんま引用すると、以下の文章になる。
「嘘も百回言えば真実になる」という言葉は、嘘でも何度も繰り返して言い続けると、まるで真実のように信じられてしまうという意味です。
 これは、ナチス・ドイツの宣伝相だったヨーゼフ・ゲッべルスが言ったとされる言葉で、プロパガンダの効果を端的に表しています。
 ちなみに、広辞苑によると「嘘八百」とは「やたらに述べたてる沢山のうそ」という意味だそうで、浄瑠璃などに用例があるということだ。
「嘘も百回~」のほうは、ヒトラーの『わが闘争』にも同じような記述があるらしいので、例の「諸説あります」というやつだろう。
 いずれにしても、ウソやフェイクを100回〜800回くらいシァワーのように浴びてしまうと、これこそが本当の真実だと確信してしまうようだ、人間は。
 偏向報道を繰り返すオールドメディアを無視し、SNSやYouTubeを主な情報源とする人たちがもしいるとすると、現在ではこうしたやり方は極めて有効な手段となりうるのではないだろうか。 
 NHKBSでやってた海外ドキュメンタリー『ウソやヘイトもカネになる』という番組では、グーグル、メタ、エックスなどが、広告収入を最大化するために、「ウソ800以上」を垂れ流し続けている件を取り上げていたが、偏向しているオールドメディアの虚妄性から覚醒した人たちには届かないのだろう、たぶん。

 なるほどなと。
 唄の力は届かない、届きはしないのだった。
 友人は、さらに、こう記している。

>「嘘八百」の最近の用例を思い出した。
 あの兵庫県知事が、内部通報者に対して断罪する勢いで記者会見で使っていたっけ。
 後に検証したところ、この言葉は、ご本人にこそ当てはまりそうな感じだったような気がするのだが。

 わたしはこう、返信を。

 国会で118回の嘘を言った御仁。
 生きていれば、ギネスものだったかも。
 おもしろいのかね、そんな人生。
 あ、畜生道か。

 友人は、こう記している。

>「嘘八百を並べ立てて、公務員としてあるまじき行為だ云々」(かつてある総理大臣が読んだデンデンではない)と言い放っていたが、うさん臭い人物と2馬力選挙をやった人には言われたくないセリフだな。
 知事候補者としてあるまじき行為だ。
 まさに、絵に描いたような「おまゆう」だったり゙して。

 そうして、こうだ。

>勝手にテキトーなことを発言している人がいて、その内容があまりひどい場合には、代表が、注意しときます、とか言っているが、どう見ても共通の理念というか、大袈裟に言えば哲学のようなものがなさげに思える。
 ボトムアップで意見を集約すると、言ってはいるが、ウゴーの集まりではムリなんじゃないかな。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 賃労働を終えた夜。
 あれこれを整理していた。
 メディア関係か。

 佳き日々を。

もっともっと?/五感・1

読む・聴く・見る・味わう・嗅ぐ、あるいは触れる。
欲求が、次から次へ湧いてくる。
とはいえ、情報のみで体験までは遠い日々?
体験の体験化はさらに遠いのだろう。
もっともっとと、まだまだの狭間で今日も。

 

※「情報の情報化、情報の体験化、体験の体験化、体験の情報化」の世紀を迎えていると、随分前から想ってきた。

▲『石の上』(写真)
石の上で休もうかと。
が、木陰に石はなかった。
結果、木陰から石を眺めて、「暑い日だし、熱いんだろうな」とも。

www.youtube.com▲「そうだ、この曲があったな」
 そう想い出し、聴いた。


【時代の彼方へ/今日も少しだけ】
 渋谷陽一氏が亡くなったという。
 友人と少しだけ、やりとりをした。
 次の番組の記録を送付すると、以下の返信が来た。

www.youtube.com

>僕もツェッペリンピンクフロイドを聴きました。
 話し上手な友人が話しているのを聞いているような等身大の感覚。
 それでいて、ロックの背景にある若者特有の不安感や精神的不安定さについても他人ごとではなく我がこととして踏み込んで語りながら、あくまで軽くドライでユーモラスな語り口、この辺りが影響力のポイントかなと思いました。
 聞いていた当時は優等生的に上手いまとめ方だと、どこか軽く受け止めていましたが、それって影響力があったんですね。
 あと、結構歌詞に言及しているのを聞いて、初期のROの売り物は岩谷宏さんの訳詞と架空インタビューというとんでもない代物だったことを思い出しました。
 ずいぶん立派になったもんだ。

 相変わらず的確で面白い文章だった。
 わたしは次の返信を。

 渋谷氏の番組を積極的には聴いたことがなかったのは何故か、少し考えました。
 当時、著作を読み、岩谷氏のほうが遥かに面白く、切実だったからかなと。
 貴兄同様、まとめようとしているあたりが、「そうしたもんでもないだろう」と感じていたことも思い出しました。
 果たして当事者なのかどうかとも感じていたはずです。
 強気のお坊ちゃんという印象もありました。
 ただ、今回、ツェッペリンピンクフロイドの番組も聴いてみて、歌詞の紹介がやはり新鮮だったし、ミュージシャンの問題意識と自分のそれとをリンクさせているあたりは、「なるほど」と。
 ロックが歴史でもある現在、貴重な仕事をしていたのだなとも思いました。
 ドライでクール、スピード感があり、皮肉も嫌味がなく、笑えました。
 何より渋谷氏が死を意識したとき、どんな唄を切望したのか、知りたくもなりました。
 合掌

 その後、こうも返信した。

 日本のシティポップが海外でも人気とか。
 ううむ。
 そこで、試しにEPOのベスト版を借りてきました。
 すると、解説を書いていたのが、渋谷陽一氏。
 当然のことですが、まとめ方が職業として、成立している。
 と同時に、今、読むと、そのまま渋谷自身のことかなと。
 日本の湿気にうんざりしていたのでしょう。
 ふと、相倉久人さんの、みなポップ化していくとの話ではないですが、それで今があるのかと。
 あらためて三島由紀夫氏の、「このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」との言葉を思い出しました。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 相変わらず、バタバタと賃労働に追われていた。
「ううむ」

 佳き日々を。

何もしない3か月/令和四季派・44

「えっ、もう8月かあ」
そう呟いていた。
いつのころからか、毎夏、想うのは、何もしないことを3か月できたらいいなというあたりか。
何かをしてしまうのだろうが。
それでも、開かれて呆然としていたいなと。

▲『遊べるな』(写真)
面白いなと。
光が。
つまり、影も。
とはいえ、「あぢいいいっ」と。

www.youtube.com▲この人の、この唄は何度聴いてきただろうか。
 今朝も聴いていた。


【お祭り騒ぎの果てに/今日も少しだけ】
 友人が、メールをしてきた。
 この記事を紹介してきて、コメントも。

news.yahoo.co.jp>コメント欄は、例によってお祭り騒ぎ!

 困ったものだ。
 お祭り騒ぎの連中も、匿名をやめればいい。
 ダッピの件を想起していた。

 すると、こうもメールしてきていたのである。
>ひと昔前に、潜在意識に影響を与える広告手法としてサブリミナル効果というのが話題になった。
 これは、消費者の購買行動を無意識のレベルでコントロールすることができる、ということで禁止になった。
 しかし当時の電通は、これを使わなくても同じような訴求力は可能であると言っていた。
 ネット環境が普及した現在においては、マーケティングの手法を駆使して、ある一定の方向に特定の属性の人を誘導するなんてことは、ラクショーなはずた。
 この場合、誘われた本人は、あくまでも自分の意志でその選択をしたと本気で思っているので、だからあれほど言ったのに、と言ってみたところで通じない状態になってしまうのだろう。

「なるほどな」と。
 想わず、こう、返信していた。

 ユリイカ松岡正剛特集で、一人だけ批判的な文章を書いたのが、大塚英志氏。
『彼女たちの連合赤軍』(角川文庫)には啓発された記憶があるが、ともあれ大塚氏の批判の論拠は、「松岡は報道技術研究会の影響があるのではないのか」といったあたり。
 んで、調べると、「大政翼賛会宣伝部が母体となり、戦後のジャーナリズム、広告業界、放送業界に影響を与えた組織です。戦後を代表する編集者やデザイナー、写真家、広告家、知識人が集まり、戦時下の報道技術を研究していました。戦後のメディア形成に大きな役割を果たしたと言えます」とあった。
 電通等に結びついていく組織だったのだろう。
 要は、大昔から、人心をつかむ方法には長けていたわけで、今や貴兄指摘のとおり、主体的に選んだと思っていても実はといったあたりは報道技術研究会の遺産でもあったりして。 

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 賃労働が休み。
 そこで、プールには行ったものの、眠るだけ眠った。

 佳き日々を。