2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧
月が出たとき、地上の果てへ向かった女性を思い出す。 屈託を見せまいとした笑み。 ただ、彼女だけが今も変わらず若いのだった。 自分たちが老いて、見捨てられたかのよう。 永遠に終わらぬ物語が息づいている。
ひと雨ごとに寒くなってゆく。 休日だというのに、雨宿りする場所もないまま。 ずぶ濡れで眺めていた銭湯の煙突。 気分で死ぬときもあるし、理性で獣になるときもあるだろう。 ひと雨ごとに寒くなってゆくんだ。
威圧感を感じる敵がいたとする。 相手がどれほど強くとも、ヤクザや銃を使わないのなら、武器となるものは分かっている。 まず、身振り。 そうして、言葉・ことば・コトバだ。 胸は反らさず、開いていくに限る。
分かっていないし、理解できていない。 例えば3億円事件の犯人。 先ほど使った鋏が出来るまで。 そのくせ、画面に向かう人ばかりの電車内を見渡して、呟く。 未体験なのに、「敗戦後の焼け野原みたいだな」と。
首をすくめる、お前の臆病振りが好きだよ。 周囲に知られまいと、おどけることはないさ。 はにかみながら人の中へと入ってゆく姿は、わたしの希望。 開かれた拙い素振りが、上下・左右を無化してゆくことを祈る。
料理や俳優、血液型や出身地。 そうした話題で華やかなテーブルから逃れてきた。 今も差別・区別が存在する中で、月光を浴びていたほうがマシだったから。 何とではなく、どうつき合っているのかを聴きたいのだ。
ぐるりが暗く絶望に浸っても、嘆くなかれ。 そも、絶望の中では嘆くことさえできないものだ。 むしろ、光に注意しようか。 目が潰され、何も観えなくなるのだから。 負けたほうがいい闘いを知り、見届けるのだ。
笑っているのに腹には哀しみが、怒っているのに胸には喜びが――。 文句を言い続けて長命、笑顔のまま夭折というときさえ。 問題は屈託にではなく、屈託の抑圧にこそある。 そう気づく朝に、熱いコーヒーを一口。
元気な高齢者ともなれば自慢が相場? 胸の内から消されたときが死と知っているのだ。 孫自慢に病気自慢、貧乏自慢? 愚痴と表裏一体故に厄介だ。 わたしは、そうだな、孤立自慢に臨死体験自慢、飢餓自慢なのか。
子どもの泣き叫ぶ声が聴こえてきていた。 「もう、ぶたないでっ」 連れ合いも確かに耳にしたという。 ただ、絶叫の居場所は、分からぬまま――。 うちのめされつつ、屋外のいくつもの暗闇を見つめていたのだが。
関わっている相手が亡くなったとしたら? 責任はとりようがない。 謝罪しても、しきれるものでもないだろう。 だからだ、労働現場の基盤に、責任が求められているのは。 食卓はいつも、わだかまりなく囲みたい。
もう店仕舞い? あと1杯くれないか、1杯でいいんだ。 仕方ないな、貢献や支援もしないんだな。 いいじゃあないか、1口でいい、だめなのか? なだめたいだけさ、水同様、身心が相変わらず売買されていく今を。
夕陽が差し込む部屋、畳はくすぐられっぱなしだった。 スピーカーからは、「戻ってきなよ」の歌声――。 見送っても、永久の唄はつかめないものだ。 さて、この世から、あの世へ帰るとき、唄は渦巻くのだろうか。
蹴散らすように進み出て、眼前をわが物顔で歩く人々。 道を封じられ、陰に身を置いたとしても構うことはない。 代わりに流れ弾に当たってくれるかもしれぬ。 その後の様子伺いは1歩ではなく、半歩だけ前に出て。
記憶を失っていることに気づく。 輪郭に触れただけでも、アルコールの臭いが立ち込めてくる。 鼓膜を破壊したくなる衝動のようなもの。 耳を閉じて、腰を上げる朝。 悪霊の誠実が、月さえ奪うことも眺めている。
命に責任を持とうとしているのか。 要は人生に。 絶え間なくスッキリとせず、息せき切って寛ぐ日々? 足りないのか、対応が拙いのか、無駄ばかりしているのか。 解体するまでもなく、壊れた場所からの出立――。
通過してきた道程の微光。 思いの痕跡は消えない、消えやしない。 同行していた子犬はかつて、「今日は走り足りなかったね」と見上げてきた。 多忙が仕事の輩は気付かない。 切実な狼煙がすでに上がっていることを。
美男美女が老いた姿。 鬼気迫るものがあった。 いや、なに、それがどうしたというわけでもないのだが。 ただ、人は生きてきたように老いるのだなと。 美は守るものに非ず、更新し続けるものと、野の花が呟いた?
とにかく、急いでいた。 通りかかった公園では雲をうっとりと眺める男の子。 急いでいた、とにかく。 男の子の傍らでは爺さんがうつらうつらと。 急いでいたが、野の花の如く咲く2人に見惚れていた、とにかく。
街へ。 セクシーという勘違い、ダンディーという冗談、キュートという眩暈、そのフェスティバルのよう。 わたしはといえば、歩くことさえ覚束ない間抜けぶり。 肩と肩とがぶつかり、見上げた空には由緒正しき月。
「罪を密かに背負っていこう」と思っているのか。 それとも、「罰は当たらぬ」との信仰? 「非を認めないのは情けないこと」と母は伝えたはずだ。 朝日をさわやかと、まだ感じられるのなら、すべてを公然とせよ。
前を行くオートバイの2人乗りが、危ない。 追い抜くかどうか逡巡、すると後部座席の女性が降りる仕儀に。 ヘルメットを脱ぎ、ライダーに言った。 「母さんはここでいいから。後は気をつけてね」 手が振られた。
このままでいいわけがない、このままで。 ただ、気をつけている、正面のみならず、脇にも。 おまけに、強風が背骨を叩いてもくる。 予防が肝心だが、死自体は予防できない。 隙だらけの自分を尾行し続けている。
おまえが胸ボタンを1つ外す。 傍らの花瓶が微かに揺れた。 ボタンは1つずつしか外せないとぼんやり思う。 遠くにいるから感じ取れることも。 今夜は散歩をしよう、受話器に向かい、「おやすみ」と告げた後に。
死者は何処にいる? 天国なんぞにいるものか。 何処にもいないのだ、何処にも。 この、ふやけた脳の中にしかいない。 当然のことだが、それでも会話を続ける、「何とかやっているよ」と脳が心に語りかけていく。
森を失って得た物は? 線路に靴、チケットに自動車、旅行鞄に通信機器…。 多くの恩恵に浴してきたが、失ったものは何処にも行かない木々。 移動せず、遠く離れた海とつながっている森の、静かで深い物語。 合掌
「突然、娘にさ」 昔の上司と一献のときだ。 「何故バリケードを作ったのか、聴かれてさ」 その後は朧だが、次の言葉は覚えている。 「娘専用の部屋が持てたときは、お互い大喜びさ。あいつが学生のときかなあ」
父と娘とが居酒屋にやって来た。 沈黙を破ったのは娘のほうだったか。 高齢者であるが故の不始末を大きな声でなじった。 杯を呑み干す父。 沈黙後、娘は耳元へ話し掛けた、「今日はありがとうね、楽しかったな」
恐くて、そのくせ懐かしく、丸くなれる場所があった。 原っぱに行けば、出逢えたはずだ。 土埃さえ気にならなかった。 友だちとは走って向かうべき場所。 土管の中、さらに親しくなり、わたしたちは○を知った。
1日では、そう遠くへ行けない。 気づけば、老いていた。 先に殺される側になったが、肯定への衝動を確認できて、悪くない。 「この病を抱えていくしかないな」 望遠鏡を逆に覗けば、涼風がふわりと舞っている。