屍のポーズを体験。
それだけでも上達しないヨーガをしている甲斐があったか。
そう、体感を。
毎晩の眠りは死の予行演習だが、その調整になっているのではないのかと。
たとえ妄想なのだとしても、大切だなと。
www.youtube.com【夏休みに『サスケ』を想い出す/今日も少しだけ】
五感。
加齢とともに、心もとない。
嘆いても始まらないか。
が、嘆くところからだろう。
ただし、人には言わず?
視るための視覚。
メガネを使うようになった。
すぐに曇るので、むしろそちらのほうが、困っている。
聴くための聴覚。
若いときから、大音量で音楽を聴いたり、歌ったりしてきた。
高音など、若いときに比べ、聴き取れていないのだろう。
味わうための味覚。
早喰いが求められた賃労働にいたし、いるということもあり、自慢できたものではない。
嗅ぐための嗅覚。
長年、都市暮らしで痛めつけてきたのだから、衰えて当然か。
そうして、皮膚で感じる触覚。
指回し体操というのだろうか、プールでの歩行時、行っているが、効果のほどは分からない。
ふと、想い出したのだ。
白土三平氏の描いた『サスケ』というマンガを。
そうして、「五感だよな」と。
針を落とし、その音を聴き分けるというシーン。
あれは、強烈だった。
静かなシーンであるにも関わらず。
子どものころ、読んで、つくづくよかったマンガだ。
何故か。
五感は、別個にあるものではないといったことを学んだのだから。
身心一如。
そう、無意識に刷り込まれたのである。
どうか、今日もご無事で。
【追記/「さてっと」】
今朝のこと。
まずプールへ。
雨降りで、屋外が閉場になったのでは、つまらない。
が、存外、晴れていた。
「五感で、読み取れなくなっているな」と。
佳き日々を。