深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

笑顔を想う/暮らし・75

あれもこれも、「何だかなあ」のご時勢である。
有史以来、変わらない?
ましてや、戦時中に比べれば、まだましとの声も。
実際、どうなのかは分からないが。
「笑顔になるっていいよなあ」と脳髄が呟いていた。

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▲『自転車に跨ったまま撮った』(写真)
畑と住宅。
特に惹かれたわけではなかった。
ただ、「貴重だよなあ」と。

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【頭はグチャグチャ、しかも飢えが/今日も少しだけ】
 ダチからメールが。
 こうだ。

 おやじの戦争の話でいまだに覚えているのは、所属する連隊長の息子が撃たれて、戦死したという件だ。
 その息子の顔面が大変なことになっていたらしい。
 銃というものは、ライフルで螺旋状に弾が飛ぶため、入口は小さいのだが、出口の方は爆発的に破壊されるそうだ。
 いずれにせよ、遺体に対面した件の連隊長は、一目も憚らず、泣き崩れていたという。

 わたしは、想っていた。
「それにしても、戦争のことをしっかりと話した父親というのは、たいしたものだ」

 内田樹氏は、それをしなかったから、今があると指摘を。
 嫌な話は聞かせたくない親心が、今を作ったというわけだ。

 わたしの場合は、牛が得意な反芻を、娯楽のように、芸のように、見せられた。
「戦争で、こういうことができるようになる」と。
 当事は、大笑いしたものだった。
 が、今や、「げっ」と^^。

 どうか、今日も、ご無事で。

 ちなみに、ガキのころ、当時のダチで、反芻をしてみせる奴がいた。
 まだ、空腹な時代だったのだ。
 谷山君は元気だろうか。


【追記/「税金かあ」】
 思い出していた。
 東京で農家をやるには、他でも稼がないといけないといった話を。
 土地の一部を駐車場などにしないと、やっていけないそうだ。
 要は、税金等々である。

 佳き日々を。