深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

正しさについて/令和問わず語り・71

正しさは、人間にはついに訪れないのだろう。
例えば、動物を、「美味しい」と言いつつ、喰らっている限り。
今も続くリンチもまた、おかしいなと。
人が人を傷つけたり、殺すだなんて。
気分は優れなくて当然。
※絶望の果てへ。
 結果、笑うときもあるだろう。
 笑えるときも、訪れるはずだ。

▲『あの高さへ』(写真)
肌寒くなってきた。
木々の上方、あの陽射しまで行きたい^^。
尻が暖まると、心地よいのだったが。

www.youtube.com【愉しみを耕す=なんちゃって瞑想①=/今日も少しだけ】
 ときおり、想い出しては、することがある。
 例えば、瞑想。
 ただし、本格的にはしない。

 素人が、指導者もいないですれば、野狐禅、要は、いってしまう可能性があるからなのだった。
 身心を落ち着かせるどころではないのである。

 だから、するのは、いわば、なんちゃって瞑想か。
 テキトーにというわけである。

 股関節が今より柔らかいころは、結跏趺坐でしていた。
 途中から、半跏趺坐に。

 仏壇仏具の専門店で、本格的な座布を購入。
 その上に、どうにか座ってしていたのだった。

 が、今は、からだがますます硬くなったので、椅子に座って行っている。
「ま、仕方ないか」と。

 できるだけ締め付けない衣服で、ゆったりと座り、ただし背筋は伸ばし、軽く呼吸法を試す。
 ほどなくして、目を閉じる。
 そうして、なんちゃって瞑想へと入っていく。
 まさに、入っていくという感覚か。

 どうか、今日も、ご無事で。

(以下、明日へ続く)


【追記/「あらま」】
 目覚めると昼前。
 慌てて仏壇の水をかえ、線香を。
 ベーコンエッグで軽く朝食をとって、あれこれを開始している。

 佳き今日を。