戒厳令の予行演習とも想えた国葬?
実は、ビートルズの来日公演も、そうだったという。
本当のところは、知らない。
が、分からないでもない指摘だ。
事実、怪しげな動きだけは、相変わらず続いているのだから。
【暮らしへ/今日も少しだけ】
基本は、暮らしである。
戦争より、実は幅広く、深い。
社会よりも、世間よりも。
そうあって欲しいから?
そうかも知れない。
ともあれ、暮らしが視えていないと、想像や観念、あるいは想いなどにスイッチしがちである。
結果、作ったものも、つまらない。
説得力を失うものだ。
何をどうしていくか。
暮らしが基本にあること。
今も、そう想っている。
もちろん、冒険活劇映画をたまに視ては、スカッとしたい。
ただ、登場人物にしろ、あはは、食事はするし、歩いて、笑い、洗顔もする。
「たまには、排泄の場面もあればいいのに」
どうか、今日も、ご無事で。
それにしても、貼り付けた音楽寅さんには、「天晴れっ」と。
痛快とは、このことかと。
【追記/「眠いねむい」】
都合3度寝をして、目覚めたのが10時。
3回もトイレへ。
「いやあ、緩んできたな」
69歳である、当然か。