学んだものは、まったく役に立たない――。
あらためて、そうした時代がやって来るのだろうと体感している。
体験知など、意味をなさないということだ。
わたしはといえば、学んだことなど、ほぼないのだったが。
※食糧問題があらためて浮上している。
コロナ禍で、輸入が困難なこともあるのだろう。
「食べ盛りの連中には、つらいよなあ」と。
【「えっ?」と検査の日に/今日も少しだけ】
「かとうときこさん、いますかあ?」
受けて応えて、女性の声がした。
「はい」
わたしは、想わず、「えっ?」と。
同姓同名の他人だとしても、気になり、声のするほうへ視線を。
もちろん、違っていた。
何となく、「ほっ」。
実は、左胸が痛み、病院へ行ったときのことである。
ウェブや素人向けの医学書を読むと、すい臓がんから肺がん等々の疑いが掲載されていた。
受診の際、医師は、「たいしたことはない」と。
そこで、医学書に書かれてあったことや、肉親の死因などを説明したのだった。
嫌な患者に想われたことだろう。
が、「それでは、CTを」となり、結果は、「問題、まったくありません」となった。
総合医と言われる医師が、CTを決断した背景には、彼の専門がかつて、小児科だったこともあるのだろうか。
あるいは、遺伝の問題など、頭をかすめたのかどうかと。
医師は、あれこれの改革にも携わっていると、後刻知った。
患者の想いに寄り添うことはしていたのだろう。
ともあれ、かとうときこさんの同姓同名で驚きつつ、不安は解消できたのだった。
処方された漢方薬が存外、効いたことも、医師にもの申した成果だったか。
いや、何、強い痛み止めは、便秘をまねき、痛み同様、つらいときもあるのだと、伝えただけなのだが。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「それにしても」】
「便利になったものだなあ」と。
医師のことを調べたときである。
もっとも、黒塗り文書など、読めないものは多いのだったが。
佳き日々を。
「それにしても、滅茶苦茶だなあ」と。
江戸時代より、年貢を納める率は高いのだとか。
年金も下げられているが、高齢者には死活問題だろう。
「それでも、あの政権だものなあ」
佳き日々をと、再び。