自分を疑うこと。
当たり前のことだ。
自分だけが正しいなんて、まずはあり得ない。
もし正しいのだとしたら、賛同者はいるはずなのだから。
疑い続けるとき、決して落ち込まないことも忘れてはならないだろう。
【正体不明へ/今日も少しだけ】
写真家の土門拳氏は、言ったそうだ。
こうである。
「気力は眼に出る、生活は顔色に出る、年齢は肩に出る、教養は声に出る」
「なるほど、そうか」と。
写真家の観察眼に、理解・納得した。
こう続けた方もいる。
「俳優においては、色気は声に出る」
わたしは想う。
何にも、何処にも出ない暮らしを。
正体がばれては危ない時勢ということもある。
が、他者に負担をかけない日々を想うのだった。
褒められるということは、疎まれることでもあるのだから。
無理とは分かってはいるものの。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「さぶっ」】
晴れている。
が、北側の部屋にいると、「さぶっ」と。
冬である。
佳き今日を。