必要であるが、同時に恐い――。
正義がである。
その名のもとに死屍累々だったことを、忘れてはいけない。
遠くの場所で起きた戦禍に怒るのは当然だが、身が安全ならばきれいごとである。
正義もまた恐いのだ。
www.youtube.com【ラッキーな生き方?/今日も少しだけ】
誰が言ったのだろう。
覚えてはいない。
ただ、記憶に残っている。
こうだ。
生き方は運動である。
一方、生きることは、正業だ――。
その通りかなと。
ときに、「生きていればいいさ、生きているだけでいいさ」と想う。
そこに、生き方という運動が入り込めば、たとえ幸福とはいえなくても、少なくとも幸運とは言えるだろう。
何故か。
生き方を考えられること自体、命が危ない者にとって、「ラッキー!」でもあるからだ。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「さてっと」】
眠いねむい。
ベッドが待っている。
佳き今日を。