深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

今ここの恐怖/令和問わず語り・90

必要であるが、同時に恐い――。
正義がである。
その名のもとに死屍累々だったことを、忘れてはいけない。
遠くの場所で起きた戦禍に怒るのは当然だが、身が安全ならばきれいごとである。
正義もまた恐いのだ。

▲『乗ればいいのに』(写真)
自転車を押していた。
歩いていたのである。
春の訪れを、ゆっくり体感したかったのだろう。

www.youtube.com【ラッキーな生き方?/今日も少しだけ】
 誰が言ったのだろう。
 覚えてはいない。

 ただ、記憶に残っている。
 こうだ。

 生き方は運動である。
 一方、生きることは、正業だ――。
 その通りかなと。

 ときに、「生きていればいいさ、生きているだけでいいさ」と想う。
 そこに、生き方という運動が入り込めば、たとえ幸福とはいえなくても、少なくとも幸運とは言えるだろう。

 何故か。
 生き方を考えられること自体、命が危ない者にとって、「ラッキー!」でもあるからだ。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 眠いねむい。
 ベッドが待っている。
 佳き今日を。