人は死ぬ、普通の日々にも。
決してあってはならない事態として。
誰しもに死への契機はあるが、順番はない、容赦ない。
実は奇妙な日々の、普通の出来ごとなのだろう。
そうしたことを想起する日々にも死はある。
www.youtube.com【打ちひしがれて/今日も少しだけ】
善意は踏みじられる?
確かに。
例えば、募金を呼びかける組織があり、お金が、組織の幹部の懐へ、ちゃっかり。
結果的に善きことが、悪につながってしまう場合もあるのだったが。
昔から、「今だけ、金だけ、自分だけ」というわけか。
もちろん、今・金、そうして自分は大切なのだったが。
ただ、どうなのか。
ヴェトナム戦争時、それによって潤う日本に対して、一部の若者たちは、反旗を翻した。
要は、傷ついたのである。
そのことを、ふと想い出していた。
加齢か。
いや、無意識で覚えているのだったが。
「なっちゃねえよな」と呟く。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/」さてっと」】
嫌な感じは続く。
もの心ついてから。
「いやはや」
佳き日々を。