深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

お天道様/令和問わず語り・132

夏の暑い盛り。
空には入道雲だったか。
ふと、視られているかのような感覚にとらわれた。
後ろを振り向き、空を見上げたが、何かがいるわけではなかったことを覚えている。
小学生で半ズボンのころの想い出だ。

▲『もうすぐ』(写真)
自転車道で出逢った。
「もう少しだな」
春である。

www.youtube.com【優越感というデキモノ/今日も少しだけ】
 優越感。
 すべて否定するわけにはいかない。

 優越感を持てたことで、生きていくことを諦めなかったケースもあるのだから。
 いいではないか、優越感も。

 ただ、わたしには、若いころ、試合放棄をした記憶もある。
 要は、諦めたのだ。
 結果、優越感は、あまり感じないですんできた。

 それにしても、優越感について、よくよく想いを馳せれば、相手をまず、認知しなければ持てないのだ。
 つまり、まずは否定ではないのである。
 その後、優越感の方向性ではなく、親和性へどう向かうかだろう。

 老いてますます、優越感とは遠くなった。
 そもそも、若いときから、吐き気だけは覚えてきて、だるかったのである^^。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「眠いなあ」】
 春である。
「眠いなあ」
 もちろん、賃労働やジジイの証でもあるのだったが。
 佳き日々を。