深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

格差だってさ/当世労働者覚書・173

賃労働。
真面目、かつ努力、工夫などをする善人たちがいる。
が、資産を持っていたほうが、お金にはなっていく。
至極当然のこと?
それはそうなのだったが、「いいのかどうか」と考えてはいかないのだろうか。

▲『春が来た』(写真)
春である。
金曜日、雪が降ってはいたが。
黄色が飛び込んできてもいた。

www.youtube.com【昔の唄を思わず/今日も少しだけ】
 唄が流れてきた。
 想わず、口ずさんでいたのである。

 寒く、風が強い日だったこともあるのだろう。
「いいなあ、この唄」

 ♪海は広いな大きいな
 そう、口ずさんでいたのである。

 それにしても、昔の唄は、覚えようとしていなかったものでも、今でも歌える。
 脳の空きスペースがあったのだろうか?
「身体化されたからだろうか」とも想う。
 成長というか、加齢の道程で。

 いずれにせよ、今日もまた、酷暑ではない夏を恋焦がれていたのである。
 寒いさむい日だった。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 昨日は、よく動いていた。
 結果、金曜日は、歯医者へ行き、うだうだと。
 佳き日々を。

身長/身体から・236

身長で意味が違ってくることがある。
例えば大きな人。
多くいた1m50cmの人と、多くいる1m70cmの人とでは、意味が違ってくるはずだ。
書き手の身長を知って物語を読み直す――。
発見があるのかも知れない。

▲『感嘆』(写真)
歩いていた。
見上げる。
「うわっ」
素晴らしい複雑さ。
単純に嬉しかった。

www.youtube.com【大喰いした/今日も少しだけ】
 安い天ぷらセットと遭遇した。
 近所のスーパーでのことだ。

「うどんを食べるか」
 早速、素うどんを作った。
 天ぷらを入れて、一口。
「いけるな」

 ご飯も用意した。
「天丼にもなるな」

 結果、満腹、いや、それ以上か。
「ふうううっ」

 食後のことだ。
 具合が悪くなっていた。
「もう、若くはない証明だな」

 食事のことを話すことは、恥ずかしいことだと躾けられた。
 貧しいことをごまかす大人たちの意図もあった?

 いずれにせよ、大喰いという失敗譚なら、許される?
 どうかな。
 悪しき食だったのだから。

 ともあれ、満腹の苦痛。
 いやはや。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 アップし忘れていた。
「とほほ」

 佳き日々を。

無理はご免だ/暮らし・90

できれば、身の丈に合った暮らしを望んでいる。
ただ、安易な閉じ方をしない日々だ。
気に入ったものに囲まれて生きていきたいとも感じている。
とはいえ、お気に入りは変わりもするが。
無理だけはしたくない。

▲『沼を視た』(写真)
沼である。
では、沼とは?
「自然に水をたたえたところ」、「どろ深い大きな池」とあった。
が、澄んでいたのである。
掃除をしたのだろうか?

www.youtube.com【10円の意味/今日も少しだけ】
「お年玉?」
「うん」
「じゃ、10円あげるわ」
「えっ、たったそれだけ?」

 が、10円の差出人は、認知症の高齢者である。
 高額のつもりだったのではないか。

 今のお金に置き換えるといくらぐらい?
「たくさん」としか言いようがないか。

 そもそも、今のお金に換算できないのではと。
 事実、今や億ションがあるが、かつてはなかったのだ。
 時代環境によって、10円の持つ意味は違うのだろう。
 昔の10円を今のお金に換算しても、どうなのかなと。 

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 明日は、久しぶりの休みだ。
 少しでも、寛ぐかと。
 佳き日々を。

バディもの?/映画にて・5

バディものが流行とか。
が、昔からあったのではないか。
主人公が2人1組で活躍する映画ジャンルなのだから。
『危ない刑事』のファンである。
あの賃労働を遊ぶ感覚は、まず持てないから人気なのだろうなあ。

▲『チャリ徘徊族として』(写真)
平日。
チャリに跨った。
目指したのは、自転車道
そうして、写真の場所である。
ここから奥へ入り、熱いコーヒーで深呼吸を。

www.youtube.com

【詩を2つ/今日も少しだけ】
 時代が変化しても、古びないものがある。
 何か?
 そもそも、古いものだ。
 古びようがないのである。
 古いのだから。

 まど・みちお氏の詩歌を思い出していた。
『どうしていつも』である。
 こうだ。

 太陽
 月
 星

 そして
 雨
 風
 虹
 やまびこ

 ああ 一ばん ふるいものばかりが
 どうして いつも こんなに
 一ばん あたらしいのだろう

「なるほどな」と。
「そうなんだよな」

 ここのところ、感銘した詩歌も引用しておきたい。
 備忘録として。

 菊田心『ありがとう』
 文房具ありがとう
 えんぴつ、分度き、コンパス大切にします。
 花のなえありがとう
 お母さんとはちに植えました。
 花が咲くのが楽しみです。
 うちわありがとう
 あつい時うちわであおいでいます。
 くつをありがとう
 サッカーの時とってもけりやすくて、
 いっしょうけんめい走っています。
 クッキーありがとう
 家でおいしく食べました。
 さんこう書ありがとう
 勉強これからがんばります。
 図書カードありがとう
 本をたくさん買いました。
 やきそば作ってくれてありがとう
 おいしくいっぱい食べました。
 教室にせん風機ありがとう
 これで勉強はかどります。
 応援の言葉ありがとう
 心が元気になりました。
 最後に
 おじいちゃん見つけてくれてありがとう
 さよならすることができました。

 吉永小百合氏が、朗読していると知って、ウェブで検索を。
 以上の詩と出逢ったのである。

 古びようがないのは、人の想い。
 そう、感じてもいたのだった。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 ハードな賃労働。
 明日、働くと、休みが2日取れる。
「ようやくか」
 佳き日々を。

出逢いたい/唄・108

楽器は、声に届こうとしている。
その証拠に、名演奏からは声が聴こえてくるのだ。
実は、楽器自体、声なのだったが。
楽器が楽器の声のまま、たとえ人の声には聴こえなくても、愉しめる。
その調べと出逢いたい。

▲『人のいない場所で』(写真)
かつて、お茶を飲んだ場所である。
シートを敷いて、ヨーガをしたり、昼寝もしたり。
久しぶりに訪ね、「ああ、再開したいなあ」と。

www.youtube.com【唄について、何度でも/今日も少しだけ】
 唄。
 巧い下手ではない。

 その証拠に、ビートルズを挙げる人もいた。
 ただ、彼らは、ハーモニー1つとっても、とても巧みだった。

 大切なことは、唄と人との交差・交通・交流だろう。
 体内への注入もか。
 そこに、巧拙は関係がない。

 置かれた状況もまた、惹きつけられる誘因か。
 その他、諸々。

 今日は、何の唄を聴こうか。
 聴きながら、それがもう、歌っていることと同じになる唄が今、欲しい。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 眠い。
 眠るとするか。
 それにしても、高齢者はよく眠るものだ。
 そのまま、あっち側へいってしまわなければいが。

 佳き日々を。

明日のこと/死を想う・67

自分が死ぬ。
が、それでおしまいではないのだ。
家族がいるのなら家族、それ以外も含め、関係の中で生きていたのだから。
そうした意識が持てるか、どうか。
何より未来を破壊するもの・ことは多い、多過ぎる。

▲『葉っぱのプール』(写真)
久しぶりに訪ねた公園。
「おっ」
まだあった。
葉っぱのプール、要はゴミ箱。
「覗いてみるか」

www.youtube.com【増えたのはお金ではない/今日も少しだけ】
 度忘れが増えた。
 古希。
 致し方ないか。

 例えば、過日のこと。
 直前まで、「行かなくては」と。
 が、あれこれをしているうちに、忘れてしまった。

 歯科医院でのクリーニングである。
 そうした人も多いのだろう。
 留守電に、「今日は予約日です」の案内が入っていた。
 が、気づいたのが遅く、後の祭り。

 翌日、謝罪の電話を。
 言い訳をつい、しそうになったが、率直に伝えた。
度忘れしました」

 受付の方は、「気にしないでください」と、明るく、包容力にある返事を。
 ホッとした。

 が、その後、「いよいよ、おれも認知症に近づいてきたか」と。
 勝手になるのはいいが、周囲のことを考えると、暗澹たる気分に。

 ますますメモすることが増える日々である。
 意味不明のメモも増えるということである。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 日曜日。
 生憎の賃労働だった。
 眠い、ねむい。

 佳き日々を。

人間だもの?/身体から・235

プレモダンも、モダンも、ポストモダンも、同じ相貌に見えるときがある。
何故か。
昔からの宿題だった、実は今も。
「人間だから」と言えば、身も蓋もないのだったが。
とはいえ、そう痛感してもいるのだった。

▲『死体』(写真)
自転車で徘徊していた。
「おっ」
木々が置かれていた。
想わず、死体を連想していたものだ。
「成仏のために、燃やさせて欲しいな」

www.youtube.com【ベランダで/今日も少しだけ】
「あっ、そっか」
 そう、感じた。
 だから、そうしたのである。

 身体には疲れ。
「公園に出向くのもなあ」
 とはいえ、折角の休日だった。

 そこで、まずは熱いコーヒーを入れた。
「しめしめ、美味しそうだ」
 そうして、ベランダへ出てみた。

 苦味がいつもより強かったものの、愉しめたのである。
 ベランダの効用か。
 遠くには、富士。

 狭く、物置きと化しているベランダ。
 が、「また、寛ぎに来るよ」と。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 重労働が続く。
「あはは」
 そこで、夜には音盤をあれこれ。
「夜更かしかあ、避けたいよな」

 佳き日々を。

衰退していく/日本の運動・2

みなが、一斉に始め出す。
あたりをうかがうこと等々もあり、それほど突出はしないのだろう。
が、衰退していけば、どうなるのか。
過激なことも始まり、人々は離れていく。
歴史さえも証明しているのだったが。

▲『石』(写真)
当初、「何故、ここに石を」と。
が、今では、季節を感じるようになった。
冬は冷たく、夏は熱い。
実際、そうなのだから。

www.youtube.com【病にも日曜日はない/今日も少しだけ】
 写真を視て、驚くことがある。
 何も、戦禍・戦火だけではない。

 例えば、人の変化。
「大人になったな」、「子どもができたのか」、「太ったみたいだなあ」等々、いろいろある。

 最近では、病等々での変化が、やはり気になった。
 当然か。

 脳も内臓だから、老化すれば、認知症になるのは分かっている。
 が、かつて鋭い突っ込みを入れていた人のそれに、感ずること大だった。

 そうして、こうだ。
認知症も繰り込んで、人の一生だわな」と。

 単純に、予防や治療もできない。
 もちろん、否定も。
 事実、専門医は、「予防法と称して、何をやってもいいが、予防などできません」と言っていた。

 よく想ってきたことがある。
「生きているときより、死んでいるときのほうが長い」

「宇宙に日曜日はない」とはSF作家の言葉だったが、「確かに」とも、最近よく感じていた。
 人に、本来、日曜日はない。
 事実、内臓は、眠っているときにも、働いているのだった。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 理解できないことが多々ある。
 例えば、認知症への対応法だ。
「いやはや」
 基本はあるが、ケースバイケースなのだろう。
 まさに、ライブか。
 佳き日々を。

短くて長い/人生論・17

どうなのだろう?
例えば、落ちこぼれ。
進んで、言葉の示す内容に、自らを当てはめることはないだろう。
いい悪い、好き嫌いというより、損得で。
人生は短いと同時に、長いが、変化には率直でありたいからだ。

▲『走り出す』(写真)
想わず走り始めた子どもたち。
「いいなあ」
競技ではなく、自然と走り出すことが。
そう言えばと。
「そう言えば、走らなくなって随分と経つな」と。

www.youtube.com【出掛ける?/今日も少しだけ】
 何も、遠出はしなくていい。
 そう、体感している。

 山歩きをしなくなって、随分と経過した。
 が、代わりに自転車には乗っている。
 自転車置き場で跨った途端、からだを動かせるところがいい。
 そもそも、電車賃もかからない^^。

 遠くでなくていい。
 今、ここで、安らかなら。

 今年早々の地震以降、ますます感じているのだった。
 静かで、落ち着ける場所を求めている。

 もちろん、山へ出向けば、気持ちも晴ればれとすることは、忘れていない。
 とはいえ、今は、遠出はいいかなと。

 仮に出掛けるにしろ、することは同じなのだろう。
 自転車を借りて、うろうろ。
 地元の図書館を訪ね歩き、プールでも歩く。
 今の休日と変わりはない^^。
 公園で太極拳もするのだろう。

 それなら、今・ここでと。
 先立つものもないので、好都合か。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 ディランの影響をもろ浮けた吉田拓郎氏を、はき捨てソングとか定義した文章を読んだ記憶がある。
 貼りつけた唄は、呟きソングの系譜か。
 それでも、しっかりシャウトしているのではないのかと^^。
 佳き日々を。

原爆について/この領土で・871

原爆に、リトルボーイ命名した感覚。
たまげた。
ソ連へのジャブ、「有色人種だからいいんじゃね」という点も、「あの国らしいな」とも。
日本は遅れをとってよかった。
もしもそうでなければ、今、地球は…。

▲『原っぱ』(写真)
クサクサしたとき、訪れることもある。
原っぱの公園へ。
周囲には、遊具等があるが、概ね何もない。
そこがいい。

www.youtube.com【犯罪について/今日も少しだけ】
 原爆について、友人とやりとりを。
 すると、彼は、書いてきた。
 こうだ。

 長崎に落としくれたのは、ファットマン。
 そのまんま。
 ロスアラモスの科学者のうち、2人ぐらいはソ連のスパイで、情報はダダ漏れだったらしい。

 そうして、こうも。
「なるほどな」と、驚きが一挙に。

 平ったく云うと、人体実験だよね。

「確かに」と、わたし。
 ひどいことをするものだ。

 続けて、こうも書いてきた。
 現実なのだろう。

 第二次世界大戦末期のドイツ・ドレスデンへの、米英空軍の絨毯爆撃によって、市民3万5千人〜11万5千人が死亡したらしい。
「ドイツのヒロシマ」とか呼ばれているみたい。
 してみると、必ずしも、非白人だから躊躇なく原爆を使用したとは言い切れない。
 そうした要素もあったのでだろうが、戦後を見据えてソ連への牽制、そして何よりも、巨額の費用をかけた成果を示す必要があったのだろう。
 為政者にも、科学者にも。

 現状は変わっていない。
 何せ、生産力アップが定番なのだから。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/あらま」】
 昨日、貼りつけた唄。
 上掲のショーの映像で知った。
 何と、ルー・リードCSN&Yの唄と一緒に、流れてきたショーだったのである。

「誰が歌っているのだろう?」
 調べると、山本耀司氏のようだった。
 よく知らないくせに、何となく、「へえっ」と。
 佳き日々を。