深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

プロって?/身体から・237

当然のことだが、誰もが初めは素人。
ただ、始めた途端、行き着いたかのような人も。
いずれにせよ、気づいて人は変化をしていく。
仮に熟練しても素人の感覚を忘れていいのか、どうか。
つながっていくために。

太極拳の師匠が言っていた。
「下手なほうがいいのです」
 理由は、どこにあるのか?
「すぐに上達してしまう人は、やめてしまうから」

▲『富士さま』(写真)
先日の富士さま。
「へえっ」と、「スゲッ」の両方の感覚が同時に訪れた。
しばし、嬉しく呆然と。
「写真を撮るかな」

www.youtube.com【読んだ/今日も少しだけ】
 想い出したことがある。
 父親の納骨式のときのことだ。

 老いた檀家総代の親族が、墓場で立ち小便をしたのだった。
 みな、驚いたものだ。
 母親は当然として、実は私も。

 が、誰も咎めるようなことは言わなかった。
「仕方ねえなあ」と、「あれでいいんだよな」といった場所の雰囲気。
 大昔のことである。

「出物腫れ物所嫌わず」
 そう言うではないか。

 超のついた高齢社会。
 大切なことなのだろう。
 満員電車での脱糞は困るけれど。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「何だかすげえな」」】
『隆明だもの』ハルノ宵子・著(晶文社)を読んだ。
 吉本隆明氏の長女が記している。

www.shobunsha.co.jp  夫婦間の葛藤が、結果的に壮絶な家族・家庭となっていく要因だったのである。
 が、「よく分からねえなあ」と。

 とはいえ、親への愛というか、深い想いは伝わってきた。
「そこを基点とした論評なら、読みたいな」と感じ入った次第である。
 佳き日々を。