認知症の人を怒っても仕方ない。
状況は悪化するばかり。
そも、怒っても軽減されるわけではないのだ。
むしろ、がんじがらめになっている常識を思い切って捨て、愉しむしかない?
いや、まずは共に在ることだ。
www.youtube.com▲昔、ペンタングルというバンドの音盤で聴いた記憶がある唄だ。
宗教が背景にあるのだろう。
宗教に縁はなくても、響いてくるのだった。
【怒りについて/今日も少しだけ】
怒りから、解放されたい。
と同時に、現状から、「解放されなくてもいいか」と。
「怒りを捨てるわけにはいかないな」というわけだ。
いずれにせよ、怒りは憎しみへと。
これは、面倒だ。
内臓に負担もかかる。
怒りは、攻撃・復讐へと突き進む場合もあるのだろう。
これもまた、怖い。
何をするか、分からない場合があるからである。
人さまの声に耳を傾けない独善に陥る場合もまた、多い。
歴史上、いくらでも散見できる。
いや、現状でも。
怒りを、もっと新たな工夫や、何より創作・創造へと結びつけられればいいのだったが。
何より、共存への道へと歩ませてはくれるといいのになと。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「へえっ」】
本日は、賃労働が休み。
そこで、日中、プールへ。
高齢男性たちが、熱心に歩いてもいた。
「おれも仲間か」
佳き日々を。