深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

立ち続ける/言葉・315

同じ言葉を繰り返し使っていくと、意味は変化していく。
「やばい」が、肯定的に使われていると知ったときは、「へえっ」と。
気づけば、薄暗い場所にいる可能性もあるのだろう。
流行語や俗語、あるいは外来語も無視できない。
今・ここで立っていたい。

▲『欲しいもの』(写真)
車のようなものが見えた。
そばに寄ると、草刈りの後、草を収納する車のようである。
「欲しいな」
久しぶりに、「欲しいな」と想ったことに、自分で驚く。
ゴーカートの大型版のようであった。
荷台に必要なものを積み込み、のろくウロウロしたくなっていたのである。

www.youtube.com▲いいなあ。
 観客が身心で愉しんでいる。
 そのことが伝わって来るあたりが、「いいなあ」と。

 

【医療・看護、あるいは介護の連携/今日も少しだけ】
 最近、感じた。
 医療と看護、介護がマジ、連携していかないと、「やばいよな」と。

 例えば、高齢者は、食事をできなくなっていく。
 身体が、死への準備をしているときもだ。
 そうした折、病気がないと分かったとして、無理して食べさせることはどうなのかと。

 判断は、難しい。
 家族は一瞬でも長く生きて欲しいと想うからだ。
 あ、今は、そうでもないケースもあるのかあ?

 ともあれ、まずは、家族が看取る準備をしたほうがいいのだろう。
 自宅が無理なら、適した病院やプチ・ホスピスのような施設への移転。
 看護・介護でなら、やはり看取りもできる施設へ。
 すべきこと、せざるを得ないことは、てんこ盛りだろう。

 当事者が必死の身心で、「わたしは、どうなるの?」と聴いてくることもある。
 以前、言われたことがあったのだった。
「えっ、何なのよ」と、後で考えれば、オカマ気分だったことを想い出す。

 いずれにせよ、人の生死に関わる事態のとき、簡単・安易には判断できない。
 とはいえ、突然、判断を迫られたり、判断せざるを得ないときは多くあるのだったが。

 いっそ、簡単・安易に判断できるようになった、そのとき。
 人類の叡智が実った領域も発生している?

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
「どうすべえかな」
 腰を痛めていたので整形外科へ行くべきか。
 あるいは、100円ヨーガ教室?
 もしくは、と。
 結局、100円ヨーガ教室の瞑想を選んだのだった。
 佳き日々を。