すべてを記録はできない。
今日のすべてさえ。
言葉、映像、また音でもできないのだ。
記憶に頼るわけでもない。
目の前にあることを見詰める時間ぐらい捻出し、昨日・明日を想い、今日を生きていくだけなのだ。

歩いていた。
足もとで、何やら感じるものが。
視れば、花。
www.youtube.com▲「この唄を歌っていたのか」
やはり、なかなかだ。
【身体へ向かう/今日も少しだけ】
老いに抗う。
抗っても、ついにはアウトのときが来るのだろうが。
生きている間、やはり移動はしていたい。
野望か^^。
つまり、足・脚がポイントになるのだろう。
最近、フレイルという言葉とよく出逢う。
AIは、こう言っている。
>フレイルとは、加齢に伴い心身の活力が低下し、要介護状態になる危険性が高くなった状態を指します。
健康と要介護の中間に位置し、放っておくと要介護につながる可能性があります。
「なるほどね」と。
こうもあった。
大切なことなので、貼り付けておくか。
>(フレイルは)身体的・心理的・社会的の3つの要素で構成されている。
動作が遅くなる、転倒しやすくなるなどの「身体的要素」。
認知症やうつなどの「精神的要素」。
孤独や閉じこもり、経済的な困窮などの「社会的要素」。
その対策は、こうだ。
>栄養(食・口腔)、運動、社会参加に取り組む。
適切な評価や手入れをする。
フレイルを早く見出し対応する。
肝心の予防としては、次のようだ。
>筋力の衰弱を防ぐ。
運動器の障害を予防する。
身体能力の低下を予防する。
生活習慣病を予防する。
ここで、経済的な困窮の対策・予防がない点は、誠に残念だ。
あれば、ぜひ知りたい^^。
あ、笑いごとではないか。
ともあれ、できることから、するしかないのだろう。
となると、まずの身体活動となる。
最近、行っているのは、次のようなことである。
つま先上げ。
かかと上げ。
座ったままの、ひざ伸ばし。
スクワット。
脚の横上げ。
以上だが、信号待ちのときなどにしている。
結果、信号待ちが苦ではなくなった。
ともあれ、フレイル対策・予防の具体的な活動として、教えられたことを行っているだけだ。
去年より、足・脚が弱っているとは、分かっているのだから。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「へえっ」】
ジョーン・バエズと、アン・ルイス。
2人のCDを図書館にリクエストした。
前者は、映画『名もなき者』を観て。
ほぼ関心はなかったのだが、あの映画を観れば、「んじゃあ、まっ、聴いてみるか」となって当然か。
幸いなことに、ディランの唄を歌う音盤があった。
後者は、『ウーマン』という唄と偶然のように出逢ってということになるのだろう。
CDジャケットの工夫に、「あはは」と想わず笑ってしまうものもあった。
いわゆる、ポップ・アイコンだったと想うのだが、「歌謡ロックとして、随分とがんばっていたのだな」と感心したのである。
佳き日々を。