難儀/身心から・112
トラウマになる体験は、7割の人が持つそうだ。
戦争や災害、トラブルは多いということか。
被害者なのに、加害者意識を持ってしまうケースもあるという。
ひと筋縄ではいかないのだ。
難儀が前提と考えていく。

わずかの期間、公園へ行かなかった。
すると、すでに実がなっているではないか。
こまめに出向きたいのだったが。
www.youtube.com▲同じ年の方である。
元気な姿に励まされた^^。
【トラウマだってさ①/今日も少しだけ】
トラウマ。
AIによれば、「個人にとって耐え難い、または対処できないほどの心的外傷を指します」となる。
戦争や災害、暴力や虐待など、暮らしの中で、多大なストレスとなる事態によって、起こされる心理的な傷というわけか。
ここで気になるのが、「個人にとって」というところか。
個人差があるというわけだ。
残酷なことばかりを見て育った方と、お花畑ばかりを見て育った方とでは、同じストレスと出遭っても、そのストレス度は違うのだと分かる。
ここで厄介なのは、残酷なことばかりを見て育ったからといって、残酷なことに慣れているとは言い切れない点だ。
当たり前か。
生きていれば、嫌なことはつきまとうものだ。
例えば、職場にはそもそも、価値観や倫理観、あるいは考え方の違う人たちが集っている。
当然、ストレスになるだろう。
結果、トラウマになるケースもあるのだった。
問題は、「では、どうするのか」にあるのだろう。
まずの話、回避はNGという。
出遭った当初は仕方ない。
しかし、面と向き合わなければ解決できない、つまり病の構造はより強くなっていくという。
では、どう向き合うのか?
今や、心理療法や薬物療法などの方法がある。
そうした専門的方法を取り入れることに遠慮はいらないだろう。
そうでないと、トラウマの症状などを長引かせると読んだか、聴いたかしたことがある。
たとえ吐き気がしても、嫌な事態と向かい合い、解消し始めていく。
そこにしか、方途はないというわけだ。
結果、ストレスとなり、新たなトラウマになったとしてもである。
「生きることによって生じた問題は、より生きることによってしか解決しない」(宮谷一彦氏)のだった。
進歩史観には怖さを感じてきたが、それでも歩み出していくしかない?
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「さてっと」】
またしても、眠りこけていた。
今回は、窓を開けたまま。
「やべっ」
佳き日々を。