深呼吸する言葉・ワナタベジンジンタロウ

おっさん中退・ジジイ見習い

知らない人/情報前線時代・76

人を知らないと痛感中だ。
目の前の知っている人が、何かの拍子に知らない人となっていく。
そも、両親のことさえ知らないのだろう。
その場所から、あらためて出逢い直したい人は多い。
豊かさを学ぶのである。

▲『木々へ』(写真)
退屈はしない。
木々のもとへ出向けばいいだけである。

www.youtube.com▲何度も紹介してきた映像だ。
 今も色褪せることはない。
 ますますリアルとも言えるのではないか。


【詩を、もっと詩を/今日も少しだけ】
「詩を読んだ後、2つのことがある」という文章を読んだ記憶がある。
 1つは、情感を味わう。
 そうして、今後どうなるのかと、考える。
 以上の2つを挙げていたはずだ。

「実際のところ、どうなのかな」と想った記憶がある。
 何故か。

 両者をともに、かつ同時に体験するときがあるからだ。
 そもそも、2つは重なっている領域もあるのではと。

 詩歌としての夕陽を眺めているときも同様だ。
 ちなみに、朝焼け・夕焼けがない人生を考えると、寂しくなる。

 どうか、今日も、ご無事で。


【追記/「さてっと」】
 祝祭日に賃労働に出向くことが多い。
 結果は?
 曜日の感覚がなくなってきたのだった。
 佳き日々を。