人を知らないと痛感中だ。
目の前の知っている人が、何かの拍子に知らない人となっていく。
そも、両親のことさえ知らないのだろう。
その場所から、あらためて出逢い直したい人は多い。
豊かさを学ぶのである。

退屈はしない。
木々のもとへ出向けばいいだけである。
www.youtube.com▲何度も紹介してきた映像だ。
今も色褪せることはない。
ますますリアルとも言えるのではないか。
【詩を、もっと詩を/今日も少しだけ】
「詩を読んだ後、2つのことがある」という文章を読んだ記憶がある。
1つは、情感を味わう。
そうして、今後どうなるのかと、考える。
以上の2つを挙げていたはずだ。
「実際のところ、どうなのかな」と想った記憶がある。
何故か。
両者をともに、かつ同時に体験するときがあるからだ。
そもそも、2つは重なっている領域もあるのではと。
詩歌としての夕陽を眺めているときも同様だ。
ちなみに、朝焼け・夕焼けがない人生を考えると、寂しくなる。
どうか、今日も、ご無事で。
【追記/「さてっと」】
祝祭日に賃労働に出向くことが多い。
結果は?
曜日の感覚がなくなってきたのだった。
佳き日々を。